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文字数 1,026文字

 地上から隔絶された世界……あなぐらの底にはいったいなにがあるというのか。
 物思いにふけっているあいだも視界の下からビル郡が徐々にせりあがってくる。それと同時に、昇降機が速度を落としつつあることも感じていた。

 やがて昇降機はビル群の屋上あたりにさしかかると、そのまま街の内部へと飲みこまれていった。
<アウターガイア>……つまり外側の大地が近づいていた。

「持っておけ」

 少女に声をかけられ、勇三は我に返った。
 こちらを見上げてくる彼女の右手には、天井の明かりを受けて鈍く黒光りする拳銃が握られている。

 また撃ってくるのか、一瞬そんな考えが頭をよぎったが、杞憂だった。
 少女が握っていたのは銃把の反対側で、ちょうど拳銃を差し出す形をしていたからだ。

 躊躇する勇三に向かって、少女は促すように銃を振ってみせた。

「九ミリじゃほとんど役に立たないが、無いよりましだ。ところで、さっきは悪かった。てっきり侵入者かと思ってな。おまえ、昨日わたしを助けてくれたやつだったんだな」

 勇三は頷き、それから意を決して銃に手をのばした。が、少女がその手を目の前でひょいとかわしてしまう。

「わたしを撃つなよ」怪訝な表情をする勇三に少女が言う。
「そんなことしねえよ」

 勇三はもぎとるように銃を手にとった。想像以上の重さがずしりと伝わってくる。テレビや漫画の知識をかき集め、それらしく銃を握ってみた。

「セーフティははずしてある。引き金をしぼるだけで撃てるが、本当に撃つまでは指をかけるなよ。撃つときは胴体とか、身体の面積が大きいところを狙え。倒そうとはするな。少しでも相手を怯ませることができたら、あとは逃げることだけ考えろ」
「待てよ、相手っていったいなんなんだ?」
「言ったろ、脅威だよ」

 急激に昇降機の速度が落ち、強い振動が二人の体を揺する。

「到着だ」

 少女の言葉に呼応するかのように正面の金網ゲートが上に開きはじめ、ブザー音とともにオレンジの回転灯が暗闇をなぎ払う。

「ほかに質問は?」
 無いと言いかけた勇三は思いなおし、「名前は?」
「霧子。入江霧子。お前は?」
「速水勇三」
「速水ね。勇三……うん、勇三だな。わたしのこと好きに呼んでいい。霧子でも、ニンフズでも」
「ニンフズ?」
「ここに長いこといるとそういう通り名で呼ばれることがあるんだ。ニンフズスナッチ(妖精の疾手)。わたしのことをそう呼ぶやつもいるってことさ」

 通り名か。勇三は思わず天を仰いだが、見えるのは重くのしかかる黒一色だけだった。
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