後日談 第67話 水軍の朝

文字数 693文字

 タジク王家・第一王女アディーナ姫を、無事嫁ぎ先のサマルディンの出迎えに送り届けた羅紗水軍は、西の大陸、ラクシュの港でさまざまな品々の買い付けを行っていた。
 葡萄酒、ビロード生地、ガラス製品……西の特産品を仕入れ、それらを東の大陸に持ち帰って売りさばくためである。
 日頃は精悍な水軍の者たちも、この時ばかりは陽気で抜け目ない商人の顔になる。
 商品の買い付けが終わり、航海に必要な水や食糧を積み込めば出港できる。懐かしい故郷へと帰れるのだ。
 船の者たちがそんな明るい気持ちで働いていた矢先、「事件」は起きた。
 
 水軍の朝は早い。海での習慣は寄港中でも変わらない。
 その日、旗艦の食堂でいつものように家族と朝食を取っていた阿梨は、途中でナイフとフォークを静かに置いた。
「どうした? あまり食べていないようだが」
 隣の席の勇敢が声をかけると、
「何だか食欲がなくてな」
 小さく笑ってみせる阿梨は、確かに茉莉花(ジャスミン)茶と果物を少ししかつまんでいない。
 同じテーブルを囲む勇仁と勇利は珍しいこともあるものだと思いつつも、もちろん口には出さずに朝食を続けていく。
 何しろ日頃は寒風が吹きすさぶ甲板に立っていても、風邪ひとつ引かない頑丈……いや、丈夫さなのである。
「わたしはもういいから梨華に朝食を持っていってやらないと」
 娘の梨華は刺客に狙われたアディーナ姫を守って重傷を負ったが、医師の治療もあって順調に回復している。しかしまだ自由に動き回れるほどにはなっていない。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み