第75話 一同を代表して

文字数 525文字

 梨華は大きな手で自分を抱き止めてくれる父を見上げて、
「父さま、母さまは?」
「今、ムジーク先生が診てくれているよ」
「ムジーク先生が……」
 父の言葉をなぞらえ、梨華は大丈夫、と自分に言い聞かせた。ムジーク先生は名医だ。怪我だって先生のおかげでずいぶん良くなった。だから母さまだって、きっと。
 部屋の中からかすかに話し声がする。四人は息をひそめ、少しでも中の様子を知ろうとするが、話の内容まではわからない。
 さらに長い時間が過ぎたように思われた後、ようやくドアが中から開き、ムジーク医師が姿を現した。
「先生、妻は……」
 一同を代表してたずねる勇駿に、医師はおごそかな口調で告げた。
「貧血ですな。だいぶお疲れがたまっているようです。無理をされてきたのでしょう」
「……」
 図星をさされ、夫としてぐうの音も出ない。
「当分は安静にしていないと。それからきちんと栄養を取って……くれぐれも無理はいけませんぞ。今が一番大事な時期ですから」
「は?」
 勇駿が訊き返したところでムジーク医師は梨華に眼を止める。
「梨華ちゃん、まだ動いてはいけないよ」




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み