第16話 ぎこちなさ

文字数 721文字

 前日にできる限りきれいに片づけた船の食堂で晩餐は始まった。
 まずは主賓のアディーナ姫を阿梨が紹介する。義父の勇仁、夫の勇駿、それに勇利と梨華、二人の子供たちにである。
 次いで、今度はそれぞれが姫に挨拶するのだが、どうしたわけか、やたらとぎこちない。
 皆、かちこちにこわばっていて、名乗るのが精一杯である。
 あれほど張り切っていた梨華でさえ、
「は、初めまして、アディーナ姫さま。梨華と申します。えっと、お会いできて、こ、光栄でございます」
 しどろもどろにそれだけ言ったきり、真っ赤になってうつむいてしまう。
 ぎこちなさと沈黙は食事は始まっても続き、ついにアディーナ姫は首をかしげて問いかけた。
「皆さま、どうされましたの? せっかくのお招きですもの、もっといろいろお話をしたいですわ」
 姫の素朴な疑問に思い切って答えたのは勇仁である。
「あ、いや、実を申しますと、大変光栄なことではありますが、一国の王女殿下を前に緊張してしまい、どうふるまってよいやらわからず……」
 勇仁の言葉を聞いて、アディーナ姫はくすっと笑った。
「おかしなことを仰せられますのね。阿梨さまとて羅紗国の王女。わたくしと同じ立場ではございませんか」
 阿梨の母、真綾(まあや)は正妃ではないが国王の妻だった。だからアディーナ姫の言うように、阿梨はれっきとした王女なのだ。
 一瞬の間。そして阿梨に注がれる視線。一同の顔には、ありありと『そういえば忘れていた』と書いてある。
 こめかみに青筋をたてて阿梨はテーブルの下で拳を握りしめた。全くどいつもこいつも……。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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