第62話 梨華のお手柄

文字数 658文字

 阿梨は娘の髪をそっと撫で、眼を伏せた。
「……すまない。わたしがもっと注意していれば、梨華を危険な目に合わせずにすんだのに」
 サマルディン軍の出迎えが待つラクシュの港に着いて、安心して──油断してしまっていたのだ。
 梨華は意外そうに母を見つめ、横になったまま、小さく首を振った。
「母さまのせいじゃないわ。あたしが自分の意志でやったことだもの。それで、犯人はつかまったの?」
「ああ。刺客が全部白状したよ。タジクとサマルディンの結びつきをよく思わないシャヌーク大臣の仕業だ。ケインたちが失敗したので、急遽、刺客を差し向けたらしい」
 これで陰謀はすべて(つい)えたのだ。
 梨華のお手柄だな、と阿梨は笑む。
「でも梨華、頼むから二度とこんな危ない真似はしないでくれ。梨華が目覚めずにいる間、わたしは生きた心地がしなかった……」
 はい、と梨華は素直に返事をする。
「心配かけてごめんなさい」
 阿梨はうなずき、再び梨華の髪を優しく撫でる。
「あのね、母さま。あたしね、夢の中で真綾おばあさまに会ったわ」
「母上に?」
「不思議ね。お顔も知らないのに、真綾おばあさまだってわかったわ。みんなが呼んでいるのに、どちらに行っていいかわからなくて、その時に方向を教えてくれたの。母さまと似ていて、とてもきれいな人だった」
「そう、か……」
 静かに梨華の話を聞きながら、阿梨は本当に母の真綾が孫娘を守ってくれたのだと思う。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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