第73話 嘘

文字数 580文字

「兄さま」
「え?」
 ふと見ると、梨華が間近で自分の顔をのぞきこんでいる。
「今朝は何だか変ね。そわそわして心ここにあらず、って感じ」
「べっ、別にそわそわなんて……」
 してないよ、と言おうとする勇利をさえぎり、
「兄さまは嘘が下手ね」
 妹の鋭い指摘にうっと言葉につまる。
「あたしを騙そうとしても駄目よ。生まれた時から一緒にいるんだもの、すぐにわかっちゃうわ。自分で気づいてる? 兄さまってね、嘘つく時、眼をそらしちゃうのよ」
「……」
 何と返答してよいか迷う兄に、梨華は得意げに笑う。
「きっとあたしの方が嘘をつくのは上手いわ」
「それ、全然自慢にならないよ」
 いささか呆れ顔の兄に、梨華は真摯(しんし)な瞳を向けた。
「本当のこと教えて。どうして今朝は兄さまが来たの? 母さまはどうしたの? ……何かあったの?」

 しばらく眼を閉じていた阿梨はやがて瞼を開け、嘘だ、とぽつりとつぶやいた。
「悟ったようなことを言っているけど、本当は嘘だ。夫と子供たちと、もっとずっと一緒に生きたいに決まっている!」
 心の底から、ほとばしり出る言葉。
「阿梨……!」
 勇駿は椅子から立ち上がり、枕もとにひざまずくと阿梨を抱きしめた。阿梨もまた勇駿の首に腕を回す。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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