第26話 籠の鳥となる前に

文字数 689文字

 アディーナ姫は眼を伏せた。阿梨の言い分はもっともだ。
 けれど。わかってはいても。
「一度でいい、普通の娘として街に出てみたいのです」
 日頃はたおやかな姫が、いつになく熱っぽい口調で言いつのる。
「気ままに通りを歩いたり、市場をのぞいたり……。わたくしはそのような経験をしたことがありません。おそらくは嫁いだ先でも同じでしょう」
 タジクの王女として生まれ、王女として生きてきた。
 ずっと宮廷の中で育ち、滅多にない外出も輿に乗り、大勢の護衛を従えて。
 自由に街を歩いたことなど、一度もなかったのである。
 サマルディンの第一王子と結婚すれば、いずれは王妃となる。ますます自由はなくなっていくだろう。
 アディーナ姫と言葉を交わしながら、阿梨は自分がいかに自由に生きてきたか、気づかされずにはいられなかった。
 同じ王女でも阿梨は船に乗り、行きたい場所へ行き、自分の選んだ相手と結婚した。
 それは王女という立場からすれば、何と贅沢な生き方であっただろう。
 眼の前の姫の気持ちが痛いほど伝わってくる。籠の鳥となってしまう前に、彼女はひとときの自由を望んだのだ。
 阿梨はまっすぐにアディーナ姫を見つめると、こくりとうなずいた。
「承知いたしました。では、町娘の格好をして船をお降りください。水軍でも腕の立つ者を護衛におつけします。わたしもご一緒いたしましょう」
「本当に?」
「二言はございません」
「ありがとう、阿梨さま!」
 アディーナ姫は頬を上気させて阿梨の手を握った。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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