第12話 旗艦

文字数 832文字

 翌朝、護衛の兵と侍女たちに付き添われ、アディーナ姫は港にやって来た。
 高貴な花嫁をひと目見ようと、港は人でごった返している。おかげで水軍の男たちは野次馬が前に出すぎないよう、体を張って群衆を食い止める羽目になる。
 豪華な馬車が桟橋の手前で止まり、姫が姿を現すと見物人の中からいっせいにどよめきが起きた。
「なんとお美しい……」
 人々の歓呼の中、阿梨は水軍を代表してアディーナ姫を出迎える。
「ようこそわが水軍へ。こちらが姫が乗船される旗艦でございます」
 アディーナ姫は阿梨が手のひらで示す先を見上げると、感嘆の声を出した。
「大きな船……」
 それは堂々とした帆船であり、大砲も備えた戦艦でもある。
 昨年竣工したばかりの新造艦で、大砲の威力も格段に上がっている。
 阿梨は数年前に大胆な改革を行い、今までの羅紗の船の伝統的な様式を西洋風に変えた。より安全性を高め、より速く、より強い船になるように。
 人や荷を運ぶ輸送船が約二十。さらに最新の護衛艦が十。
 国と国の絆を深める花嫁を送り届ける船団である。万が一にも手落ちがあってはならない。
 一方、甲板で出迎えの列に加わっていた梨華はぽかんと口を開けて、アディーナ姫の一行を見つめていた。
 隣で勇利が怪訝そうに、
「どうしたのさ、梨華」
「きれい……」
「え?」
「アディーナ姫さまよ。まるで絵本の中から抜け出したみたい」
 輝く金髪。雪のように白い肌。羅紗のものとは全く違う異国の衣装。
 梨華にとっては、まさしく絵に描いたような憧れのお姫さまそのものなのである。
「うん、本当にきれいなお姫さまだね」
 同意はしたものの、男として美姫にときめくにはまだ早く、勇利には梨華の乙女心がいまひとつピンとこない。
 梨華がうっとりとその姿を眺めている間にも準備は進み、アディーナ姫が乗船する時間がやってくる。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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