第19話 結納の品

文字数 764文字

「お見せしたいものがありますの。どうぞ、お座りになって」
 勧められるまま阿梨が椅子に腰を降ろすと、アディーナ姫は鏡台の引き出しを開け、宝飾品を取り出した。
 姫の手の上に載せられた品を見て、阿梨は息を呑んだ。
「何と、見事な指輪……」
 姫の瞳と同じ色の深い緑。大粒のエメラルドがあしらわれた銀の指輪。
「これはサマルディンのロジェ王子殿下が、結納の品にとくださったものですの。代々王家に伝わるもので、この指輪こそ婚姻の証。サマルディンの習慣では婚礼の時、花嫁はこの指輪を左手の薬指にはめるそうです」
 異国の習慣はなかなか浪漫的だ。
「逆にいえば、この品がなくては婚礼は取り行えない……かように大切なものですの」
 姫はそうっと左手の薬指にエメラルドの指輪をはめてみる。
「この指輪を送られた時は本当に嬉しかった……」
 左手の指輪を見つめながら、ほんのりと頬を染める。
「以前、一度だけですけど、ロジェ王子さまにはお会いしたことがありますの。父君と共にタジクを訪れたあの方は、まだ少年でしたけど、凛々しくて優しくて……わたくしの初恋でしたのよ」
 はにかむ表情は初々しく、阿梨までつい笑みがこぼれてしまう。
「確かにこの縁組は国と国の絆を強める政略結婚かもしれません。けれど、わたくしは心からロジェさまをお慕いしております」
「今のお言葉を聞いて安心しました」
 心の隅に引っかかっていた懸念が払拭され、阿梨はアディーナ姫に晴れやかな笑顔を向けた。
「海を越えて花嫁を送り届けるのが、われら水軍の役目。そしてその花嫁には幸せであって欲しいと思っておりましたから」
 これで心おきなく航海ができる。西の大陸へ。幸福な花嫁を乗せて。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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