第63話 母の話

文字数 619文字

 そこへ軽く扉を軽く叩く音がして、父の勇駿が入ってくる。
 阿梨は振り返って椅子から立ち上がり、
「ちょうど知らせに行こうと思っていたところだ。梨華が眼を覚ましたぞ!」
 母の弾んだ言葉に、父は足早に寝台に歩み寄る。
「梨華……よかった……」
「父さまにも心配かけてごめんなさい」
 梨華の手を取り、父は安心と喜びのこもったまなざしを向ける。
「父上や船の皆にも知らせなくては。勇利を寝かせつけたら、すぐに報告するよ」
 勇利? と梨華は視線だけ動かして兄の姿を探すと、壁際の長椅子に丸くなって眠りこんでいる。
「さっきまでずっと起きて付き添っていたのだが、さすがに疲れたようだな」
 母が言えば、父も、
「すっかりしょげていたよ。自分は兄なのに妹を守れなかったってね」
「……」 
 父は眠っている兄を起こさないように、そうっと抱き上げる。
「勇利には起きたら伝えるよ」
「そうだな。今はゆっくり休ませてやろう」
 梨華は眼がしらが熱くなるのを感じた。周囲のみんながこんなにも自分を案じてくれている。
 兄を抱きかかえた父が出ていくと、部屋の中は母と娘の二人だけになる。
 阿梨は寝台のかたわらの椅子に再び腰を降ろし、梨華の顔をじっと見つめた。
「梨華……話がある」
「なあに? 母さま」
 いつになく真剣な母の表情に、梨華もまた真顔になる。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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