第5話 乙女の憧れ

文字数 589文字

 義父への報告を終え、自室に戻ってきた阿梨に夫の勇駿が声をかけてくる。
「話は済んだかい?」
「ああ。この度の航海、妨害が入るやもしれぬと義父上にも伝えておいた」
 話しながら上着の襟もとをゆるめ、ふうっと息をつく。
「子供たちは?」
「さっき寝かせつけた。梨華がなかなか寝ようとしなかったけどね。今回の客人が花嫁と聞いて、ずいぶんはしゃいでいたよ」
 ──だって海を渡る花嫁なんて素敵じゃない! しかも王女さまよ。まるでおとぎ話みたい。どんな方かしら。きっとすっごく綺麗な女性ね!
 少女は寝台に入っても興奮冷めやらず、父と兄に熱っぽく乙女の憧れを語り続けたのである。
 二人はそうっと隣室の扉を開け、身を寄せあって眠りの中にいる子供たちに、柔らかなまなざしを注いだ。
「こうして眠っている姿は天使のようなのだがな……」
 苦笑しながら阿梨は毛布を掛け直してやり、二人でしばらく寝顔を眺めてから、子供たちを起こさないように静かに部屋を出ていく。
 再び自室に戻ると阿梨は鏡台の前に座って、ひとつに結んでいた髪をほどいた。長い豊かな黒髪がぱあっと背に広がる。
「これから忙しくなるな。アディーナ姫が港に到着するまでに準備をしておかなくては」
「姫はやはりこの船に?」
「もちろん。姫にはわが水軍の旗艦にお乗りいただく」
 往く先には陰謀の懸念がある。自分たちのいる旗艦こそが、最も姫の安全を守れる場所だろう。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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