第31話 エルベ広場
文字数 831文字
一方、船では茶と菓子の載った盆を手に、勇仁が子供たちの部屋の戸を叩いていた。
「梨華、いい加減、機嫌を直さんか。ほら、そなたの好きなアンズの菓子を持ってきてやったぞ」
返事はない。
ふてくされて黙っているのかとも思ったが、扉の向こうにはまるで人の気配がない。
もしや、と急いで鍵を開け、踏みこむと。部屋の中はもぬけの空だった。
寝台の足にはシーツとカーテンが結ばれ、窓から垂らされている。
しまった、と勇仁は臍 を嚙んだ。
勇利はともかく、あの梨華が言いつけを守っておとなしく留守番などしているはずがない。
自分の迂闊さを悔やみながら、勇仁は盆を手にしたまま、踵を返した。
船からの脱出に成功した勇利と梨華は自分たちが尾行されているとも知らず、路地から路地を抜け、小運河にかけられた橋を渡り、エルベ広場へたどり着いていた。
エルベ広場はいわば海の都フローレスの表玄関。大運河にむかってこの都市国家の元首の宮殿がそびえ立ち、高い鐘楼のある寺院が威容を誇っている。
広場には市が立ち、大道芸人が自慢の技で人々から拍手喝采を浴びている。
地元の者、異国の者が入り混じってごった返す広場を、梨華と勇利はきょろきょろしながら歩き回っていた。
美しいガラス細工、繊細なレース編み、カーニバル用の仮面。珍しい品々にはしゃぐ梨華に勇利は、
「ねえ、もう帰ろうよ」
「えーっ、まだ来たばかりじゃないの」
梨華は呆れたように兄の方を振り返る。
「早く戻らないと船のみんなが心配するよ」
「大丈夫よ、いざとなったらあたしが兄さまの分まで叱られてあげる」
「そうはいかないよ~」
母はアディーナ姫の警護、父は物資の補給の手配にそれぞれ出かけている。
船でおとなしく留守番するよう厳命されたのに、抜け出したのがバレたらと思うと、勇利は気が気ではない。
「梨華、いい加減、機嫌を直さんか。ほら、そなたの好きなアンズの菓子を持ってきてやったぞ」
返事はない。
ふてくされて黙っているのかとも思ったが、扉の向こうにはまるで人の気配がない。
もしや、と急いで鍵を開け、踏みこむと。部屋の中はもぬけの空だった。
寝台の足にはシーツとカーテンが結ばれ、窓から垂らされている。
しまった、と勇仁は
勇利はともかく、あの梨華が言いつけを守っておとなしく留守番などしているはずがない。
自分の迂闊さを悔やみながら、勇仁は盆を手にしたまま、踵を返した。
船からの脱出に成功した勇利と梨華は自分たちが尾行されているとも知らず、路地から路地を抜け、小運河にかけられた橋を渡り、エルベ広場へたどり着いていた。
エルベ広場はいわば海の都フローレスの表玄関。大運河にむかってこの都市国家の元首の宮殿がそびえ立ち、高い鐘楼のある寺院が威容を誇っている。
広場には市が立ち、大道芸人が自慢の技で人々から拍手喝采を浴びている。
地元の者、異国の者が入り混じってごった返す広場を、梨華と勇利はきょろきょろしながら歩き回っていた。
美しいガラス細工、繊細なレース編み、カーニバル用の仮面。珍しい品々にはしゃぐ梨華に勇利は、
「ねえ、もう帰ろうよ」
「えーっ、まだ来たばかりじゃないの」
梨華は呆れたように兄の方を振り返る。
「早く戻らないと船のみんなが心配するよ」
「大丈夫よ、いざとなったらあたしが兄さまの分まで叱られてあげる」
「そうはいかないよ~」
母はアディーナ姫の警護、父は物資の補給の手配にそれぞれ出かけている。
船でおとなしく留守番するよう厳命されたのに、抜け出したのがバレたらと思うと、勇利は気が気ではない。