第15話 晩餐への招待

文字数 719文字

 亡き母、真綾がよく話してくれた。本当は父のいる王都で出産するつもりであったのだが、予定より早く産み月が来てしまったのだと。
 ──わたくしに付き添ってくれていた一族の女性たちが、あなたを船の中で取り上げてくれました。阿梨、あなたはまごうことなく海の民の娘なのですよ。
 母の優しい声。温かな手。波の音と重なる子守歌。すでに遠い過去なのに、今でもはっきりと思い出せる。
 先代の長のひとり娘だった母。たおやかで儚げで、けれど芯の強い母は海を愛した。王妃の地位より海の民として暮らすことを選ぶほどに。
「わたしは船で生まれ、船で育ちました。子供たちも同じです」
「まあ、阿梨さまにはお子さまがいらっしゃるのですか?」
「八歳になる双子の兄妹で、まだ手のかかる年頃ですが……」
 苦笑交じりに返答してから、阿梨は一度言葉を切り、
「船中ゆえ豪華なもてなしはできませぬが、よろしければ姫を今宵の食事にお招きしたいのですが」
「わたくしを?」
 まばたきするアディーナ姫に、にこやかにうなずく。
「わが義父と夫は、わたしと共に水軍を率いる者。この航海の主賓であられる姫君に、ぜひご紹介したく存じます。あとついでに子供たちにも」
 実は、どうしても姫とお近づきになりたいと、梨華に頼み込まれたのである。
 梨華はすっかり高貴で美しいアディーナ姫に心酔しまったようだ。
 確かに、たまには優雅で気品ある女性と接するのも、梨華の教育にはよいかもしれない。何しろ普段は身近にそのようなお手本が全くいないのだから。
 喜んで、とアディーナ姫は花のように微笑んだ。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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