第34話 罠

文字数 748文字

「で、どうしたらいいの、おばあちゃん」
「まあ、そうあわてないで、二人ともお座り。まずはお茶でもどうだね」 
 老婆が差し出すカップを礼を言って受け取り、二人は口をつけた。今まで飲んだことのない不思議な味がする。 
「リンデン茶だよ。遠い異国から運ばれてきたものさ」
 勇利と梨華がお茶を飲み干すのを見届けると、さて、と老婆は本題に入った。
「お嬢ちゃん、あんたは母さんの跡を継ぎたいのかい?」
 そうよ、と梨華は力をこめて答えた。
「母さまは羅紗国の王女で水軍の長。王女はどうでもいいけど、あたしもいつかは水軍の長になりたいの。おばあちゃんにも見せてあげたいわ。母さまの海戦術はそれは見事よ。その辺の海賊なんて相手にもならないわ」
 梨華の口調が熱っぽくなる。母のような水軍の長になることが梨華の憧れであり、人生の目標なのだ。
「そっちの子は? あんたは長を継ぐ気はないのかい?」
 老婆にたずねられると勇利は首を横に振った。
「僕は武術とか戦闘とか苦手だからね。梨華の補佐として戦略を考える方が向いていると思う」
「おやまあ、殊勝な子だねえ」
 老婆は楽し気にくすくす笑う。
「それで? あたしは母さまの跡を継いで立派な長になれる?」
「じゃあ、この水晶玉をのぞいてごらん」
 先ほど店先に出されていた大きな水晶玉だ。
 周囲の暗さにも眼が慣れ、梨華は真剣に透明な玉をのぞきこんだ。
 しばらく眼をこらしていたが、玉には何も映らない。
 と、梨華はふっと身体から力が抜けるのを感じた。
 何だか、ものすごく眠い。
「ねえ、兄さま……」
 言いかけた梨華は、兄もまた同じようにふらついているのを見た。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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