第32話 老婆の言葉

文字数 740文字

 水軍を束ねる母は大ざっぱ……いや大らかだが、本気で怒るとむちゃくちゃ怖い。
 梨華は呑気にかまえているが、絶対後で二人まとめて叱られたあげく、罰として甲板掃除が待っているに決まってる。
「だったら兄さまだけ先に帰りなさいよ。久しぶりの街だもん、あたしはもっと楽しんでいきたいの」
 勇利は少し強い口調で、
「兄として妹をひとり置いて帰るなんてできないよ」
「兄っていってもほんのちょっとの差じゃないの。わ、見て、あれも面白そう!」
 梨華の興味を引いたのは小さな占い小屋。入口には古ぼけたカーテンがかかっていて中は見えない。軒先のテーブルに大きな水晶玉が置かれ、老婆が木の椅子にちょこんと座っている。
 強引に腕をひっぱられ、勇利は半ば引きずられるようにして梨華に連れられて行く。
 小屋の前まで行くと梨華は澄んだ水晶玉をのぞきこんだ。直径で三十センチはあるだろうか。こんな大きな水晶を見たのは初めてだ。
 と、それまで人形のようにじっと動かなかった老婆が口を開いた。
「おや、あんたたちは双子だね。それも輝く星の下に生まれた双子だ」
「輝く星……?」
 老婆の意味深な言葉に、梨華は勇利の手を握ったまま、たずねかける。
「それ、どういう意味なの、おばあちゃん」
「あんたたちの母は特別な存在だ。そう……たとえば女王のような」
 梨華は眼をぱちぱちさせながら、
「母さまは羅紗国の王女よ。それに確かに海の上では女王さまだわ」
 その時、少し離れた場所からこっそり合図が送られたのを、老婆との会話に夢中になっていた二人は気づかなかった。
 ケインは確信した。間違いない、長の子供たちだ。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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