第39話 必ず共に

文字数 908文字

「で、奴らは具体的にはどうしろと言ってきているのじゃ」
「陽が沈むまでに長みずから指輪を持って指定の場所に来い、と」
「ならばまだ少し時間がある。今からよく似た品を探して……」
 無理だ、と阿梨は勇駿の言葉をさえぎった。
「あれほどの見事な宝石はとても短時間では探せない。もし偽物だと知られたら……」
 その先は口にできなかった。
「ではアディーナ姫にお頼みして……」
「駄目だ! もし万一、指輪を奪われたら婚礼ができなくなる。アディーナ姫の立場を悪くし、タジクとサマルディンの絆にひびが入ってしまう」
「だとしたら、いったいどうしたら……」
「考える……何とか手立てを考える」
 方策など本当にあるのだろうか。自分でも疑問に思いながら阿梨はつぶやく。
 それから気持ちを落ち着かせるように息を吸い込むと、一同を見渡して、
「この件は決してアディーナ姫の耳には入れぬように。姫のことだ、お聞きになられたら、きっと心を痛められる」
「もう聞こえてしまいましたわ」
 覚えのある柔らかな声に、弾けたように振り返る。いつの間にか背後にはアディーナ姫が立っていた。
「ごめんなさい、阿梨さま。立ち聞きなど、はしたないとは思いましたが、どうしても気になって……あの指輪があればよろしいのですね?」
 そっと目配せすると侍女が急ぎ姫の部屋へと向かう。
「なりません! あの指輪は大切な結納品。あれがなければ婚礼はできないと姫ご自身がおっしゃったではありませんか」
 ええ、とアディーナ姫は穏やかにうなずいた。
「あの指輪はわたくしにとって、とても大切なもの。ですから差し上げることはできません。お貸しいたします」
 侍女が急ぎ持ってきた大粒のエメラルドの指輪を受け取り、阿梨の手に渡す。
「どうぞこれをお使いください。そしてお子さまたちと一緒にご無事に戻ってきてくださいませ」
 ためらいながらも阿梨は指輪を手のひらに載せ、それを握りしめると深々と頭を下げた。
「感謝いたします、姫。必ずや子供たちと共に、指輪をお返しにまいります」
 



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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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