第24話 新鮮な驚き

文字数 899文字

 いったい何が……と問いかけた時だった。
 ひとりの竿に魚がかかったのをきっかけに、次々と魚が釣り上げられていく。
 釣り上げられた魚は太陽の光を反射して、甲板できらきらと勢いよく飛び跳ねる。
 その間に甲板の端ではかまどの用意がなされ、水を入れた大鍋が火にかけられる。
 人間の食料となる不運な魚たちを華麗な剣さばき……ではなくて包丁でさばくのは阿梨である。
 阿梨に切り身にされた魚たちはそのまま鍋の中へ。
 実はこれがお世辞にも料理上手とはいえない阿梨の、唯一の得意料理なのである。
 ただ単に釣った魚をその場でさばき、鍋で煮込んだだけの代物なのだが、海の上ではこれが実に美味い。
 魚が釣れる度に上がる歓声と笑い声。宮殿の奥深くで育ったアディーナ姫にはすべてが珍しく、ただ見つめるのみである。
 大鍋の魚が煮えた頃、汁と共に木の椀によそられ、ひとりずつ配られる。
 アディーナ姫のもとへも梨華が神妙な顔つきで運んでくる。
「あの……アディーナ姫さま、お口に合うとよいのですが……」
 礼を述べて、少女がおそるおそる差し出す椀を受け取り、木のさじで口へと運ぶ。
 ひと口食べると、アディーナ姫はにっこりした。
「美味しいですわ」
 いたって簡単な料理なのだが、心地よい潮風のせいだろうか、宮廷のどんな豪華な料理にも負けない気がする。
 固唾を呑んでアディーナ姫の様子を見守っていた梨華は、姫が微笑む姿に、自分も顔いっぱいに笑みを浮かべた。
「あ、魚の小骨にはお気をつけくださいね」     
 少女はそう言って姫のそばに座り、自分も兄が持ってきてくれた椀から食べ始める。
 アディーナ姫は海風に長い金髪をなびかせながら、甲板の人々を見渡した。
 この船の人々は何と大らかで楽しげなのだろう。 
 身分も立場も関係ない。同じ鍋の料理を分け合い、ここでは等しく皆が海の民なのだ。
 考えてもみなかった。このような世界があることを。
 初めての航海の日々は、砂漠の国の姫の心に新鮮な驚きをもたらしていた。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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