第11話 気がかり

文字数 667文字

 阿梨は胸に片手を当てて、深く礼をした。
「姫君にはご機嫌麗しゅう。初めてお目にかかります。わたくしは姫をサマルディン王国のある西の大陸までお送りする羅紗水軍の長、阿梨と申します」
 姫は少し驚いたように緑の眼を見開いた。
「まあ、女性の方?」
 柔らかな、鈴のように心地よい声だ。
 はい、と答える阿梨に、
「女性の身で水軍を率いているなんて素晴らしいわ。アディーナ・クム・ヴェンドラミンと申します。お世話をかけますが、どうぞよろしくお願いいたします」
 そう言って微笑むアディーナ姫は人柄もよさそうだ。世間知らずの王族にありがちな高慢さは微塵もない。
 その日はいわば挨拶で、多くの言葉を交わしたわけではない。
 阿梨としてもこれから共に航海する主賓を、ひと目見ておきたかっただけだ。
 海を渡って西の大陸コーラリアの港・ラクシュに着けば、サマルディン王国の出迎えの軍が待っているはずである。正確に言えば水軍の仕事はそこまでだ。
 サマルディンもタジクと同じく海には面しておらず、自国の水軍を持っていない。そこで羅紗水軍への依頼となったわけだ。
「では、明日、港でお待ちしております」
 姫にいとまを告げ、帰り際、阿梨はふとひとつだけ気になった。
 この婚礼はタジクとサマルディンの絆を深めるための政略結婚だ。
 姫自身はどう思っているのだろう。
 住み慣れた故郷を離れ、遠い異国へ嫁ぐことになって、果たして幸せになれるのだろうか……。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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