第48話 水軍の名にかけて

文字数 698文字

 陽がすっかり傾いた夕暮れ、阿梨は指定された場所へと細い運河沿いの道を歩いていた。
 もちろんひとりではない。勇駿を初めとする水軍の腕利きの者たちが、気配を押し殺し、ひそかに付き従っている。
 街外れの迷路のような道を進む。すでに周囲に家はない。木立ちを抜けると海を臨む開けた場所に出て、ぽつんと朽ちた修道院の門があった。道はさらに運河に続き、つきあたりには死者の島が見える。そちらにも小舟を使って水軍の者が待機しているはずだ。
 石造りの門をくぐり、建物の正面まで来ると、中から扉が開き、銀髪のがっしりとした男が姿を現した。
「あんたが水軍の長か」
 いかにも、と阿梨は峻険な表情で答えた。
「望み通り来てやったぞ。子供たちはどこだ?」
 男が建物の中に向かって顎をしゃくると、茶色の髪を肩まで伸ばした男が勇利と梨華を連れて外に出てくる。
「母さま!」
「勇利! 梨華!」
 子供たちは後ろ手に縛られ、さらに腰を太い縄でつながれ、その端を茶髪の男が握っている。
「無事か !?
 大丈夫、と答える子供たちの姿に安心すると同時に、阿梨は激しい怒りを覚えた。
 犬じゃあるまい、人の子供を縄でつなぐとは何事だ!
「子供たちを放せ!」
 憤りをこめて叫ぶ阿梨に、銀髪の男──ケインは問いを投げかける。
「その前に肝心の指輪はどうした?」
 阿梨はすっと自分の右手を前に突き出し、
「ここにある」
 と告げた。
「本物だろうな?」
「アディーナ姫にお借りした。わが水軍の名にかけて(まが)い物など使わん」




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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