第57話 甲板掃除
文字数 799文字
二日後、船団はフローレスを出港した。
港から遠く離れ、岬の突端から船が帆を張って出ていくさまを見送る者たちがいた。ケインとラルフである。
「とうとう行っちまったか」
「これからどうする?」
「どうするも何も、海に出ちまったら、あの連中を止められる者なんていやしねえよ。俺たちの負けだ」
ぼやきながらもケインの眼はどこか笑っている。
「失敗したんだから、あの大臣に金を返さないといけねえな」
「でも、のこのこ出ていったら口封じに何をされるか、わかったものじゃないぞ」
「ああ、だから出入りの商人にでも託すしかないな」
荒事屋として完膚なきまでの敗北だ。なのに、なぜだろう。不思議と愉快な気持ちが湧き上がってくる。
そして思い出す。本気で戦ったのは久しぶりだったと。
「噂以上のいい女だったな、あの水軍の長は。亭主と子持ちなのが残念だぜ」
海原を遠ざかっていく船を眺めながら、ケインは傍らに立つ若者の名をぽそりと呼ぶ。
「なあ、ラルフ」
うん? とラルフは相棒に視線を当てる。
「俺に義理立てして、こんな裏稼業しなくてもいいんだぜ。おまえはまだ若い。他にいくらでもまともな仕事があるはずだ」
「別に義理だけでやってるわけじゃないぜ」
ラルフは軽い口調で言葉を返す。
「けっこうこの稼業、気に入ってるんだ。あんたと一緒だから。それに殺しはやらない、っていうあんたの信条も好きだ」
ケインは少し照れたように、小鼻の脇をぽりぽりと掻く。
「後で後悔しても知らんぞ」
「自分の人生くらい自分で責任持つさ」
海からの風が心地よく吹き、二人は再び去り行く船団に眼をやる。
その旗艦では、今回の騒動の罰として梨華と勇利が「一カ月の甲板掃除」にせっせと励んでいることなど、彼らは知るはずもなかった。
港から遠く離れ、岬の突端から船が帆を張って出ていくさまを見送る者たちがいた。ケインとラルフである。
「とうとう行っちまったか」
「これからどうする?」
「どうするも何も、海に出ちまったら、あの連中を止められる者なんていやしねえよ。俺たちの負けだ」
ぼやきながらもケインの眼はどこか笑っている。
「失敗したんだから、あの大臣に金を返さないといけねえな」
「でも、のこのこ出ていったら口封じに何をされるか、わかったものじゃないぞ」
「ああ、だから出入りの商人にでも託すしかないな」
荒事屋として完膚なきまでの敗北だ。なのに、なぜだろう。不思議と愉快な気持ちが湧き上がってくる。
そして思い出す。本気で戦ったのは久しぶりだったと。
「噂以上のいい女だったな、あの水軍の長は。亭主と子持ちなのが残念だぜ」
海原を遠ざかっていく船を眺めながら、ケインは傍らに立つ若者の名をぽそりと呼ぶ。
「なあ、ラルフ」
うん? とラルフは相棒に視線を当てる。
「俺に義理立てして、こんな裏稼業しなくてもいいんだぜ。おまえはまだ若い。他にいくらでもまともな仕事があるはずだ」
「別に義理だけでやってるわけじゃないぜ」
ラルフは軽い口調で言葉を返す。
「けっこうこの稼業、気に入ってるんだ。あんたと一緒だから。それに殺しはやらない、っていうあんたの信条も好きだ」
ケインは少し照れたように、小鼻の脇をぽりぽりと掻く。
「後で後悔しても知らんぞ」
「自分の人生くらい自分で責任持つさ」
海からの風が心地よく吹き、二人は再び去り行く船団に眼をやる。
その旗艦では、今回の騒動の罰として梨華と勇利が「一カ月の甲板掃除」にせっせと励んでいることなど、彼らは知るはずもなかった。