第55話 氷のように

文字数 615文字

「梨華、勇利──」
 おごそかな呼びかけに、子供たちはおそるおそる母を仰ぎ見る。
「この騒ぎの原因はすべて自分たちにある、とわかっているな?」
 二人はしゅんとしてうなずく。
「言いつけを破って勝手に船を抜け出した挙句、かどわかされてこの有様だ。もし万一お借りした指輪が奪われていたら、アディーナ姫は婚礼が挙げられなかったかもしれないのだぞ」
 手を取りあいながら、二人はおずおずと再度うなずく。危機が去った今、母はものすごく……怒っている。
「姫君に、義父上に、船の皆に謝りなさい」
「ご迷惑をかけてごめんなさい、アディーナ姫さま」
 いいのよ、と穏やかに答える姫に、
「そうはまいりません。けじめはきちんとつけねば」
 怒りをはらんだ母の声が、氷のように冷ややかで怖い。
 梨華と勇利は身をすくませながら、これ以上はないくらい平身低頭する。
「心配かけてごめんなさい。おじいさま、父さま、母さま、船のみんな……」
 消え入りそうに細い、哀れな声である。
「そんな小さな声では聞こえないぞ。もっと大きな声で!」
「阿梨、そろそろこの辺で……」
 許してやってはどうか、と取りなそうとした勇駿は、阿梨の鋭い視線を浴びて言葉が喉の奥に引っ込んでしまう。
「みんな、ごめんなさいっ !!
 声を張り上げた後、子供たちは大泣きの合唱である。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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