第77話 もうひとり

文字数 587文字

「阿梨……」
 今度こそ本当に怒られるかもしれないと、覚悟してぎゅっと眼を閉じる。
 が、勇駿は阿梨の髪にそっとふれ、柔らかな口調で語りかけた。
「嬉しいよ。体を大事にして元気な子を産んでおくれ」
 阿梨は眼を開け、泣き笑いのような表情で勇駿を見つめた。それまでぽかんと口を開けていた子供たちが歓声を上げる。
「すごーい! 妹? 弟? どっちかしら」
「僕は弟がいいな」
 勇利は生まれてくる子が弟なら、共闘して梨華に対抗できるかもしれない、とひそかに思う。
「あら、あたしは妹がいいわ」
 梨華は生まれてくる子が妹なら、綺麗なドレスを着せて、うんと可愛らしくさせてあげたいと思う。憧れのアディーナ姫のように。
 後ろで腕組みをしている勇仁は、これではもうひとりの孫の顔を見るまでは死ねんわい、と考えこむ。
 阿梨は手を差し出し、夫に呼びかけた。
「勇駿、帰りの航海の指揮を頼む。わたしはしばらくは動き回れそうにないのでな」 
 任せておけ、と阿梨の手を握りながら、勇駿はまだ見ぬわが子に思いをはせる。 
 ムジーク医師はにこにこしながら、皆の様子を見守っている。
 何はともあれ、この水軍ファミリーにもうひとり加わって、さらに賑やかになるのは、もう少し先の話である。 





 完

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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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