第72話 梨華の朝食

文字数 549文字

 パンにチーズ、果物とお茶。梨華の朝食を載せた盆を片手に、勇利は部屋のドアをこんこんと叩いた。
 中から、はーい、という妹の元気な返事を聞くとドアを開け、できるだけ明るく声をかける。
「おはよう、梨華」
「兄さま?」
 案の定、梨華は眼をぱちぱちさせている。
「朝ごはん、持ってきたよ」
「母さまは?」
 当然の質問に勇利は平静を装って、
「えーと、母さまはね、今日は忙しくて朝から出かけているんだ。だから僕が代わりに朝ごはん運んできた」
 慣れない嘘に胸をどきどきさせながら、盆を寝台のかたわらのテーブルに置く。
「傷はどう?」
「もうほとんど痛くないわ」
「ならよかった。遅くなってごめんね。何から食べる?」 
「じゃあ、まずはお茶から」
 朝のお茶は母の好きな茉莉花(ジャスミン)茶だ。
 寝台から上半身を起こした梨華の背にクッションを当て、白い大きなナプキンを広げる。盆からカップを持ち上げ、慎重に手渡す。
「熱いから気をつけてね」
 梨華はそれを受け取り、こくりと飲むと、次はパンの載ったお皿を取ってもらう。
 勇利は手際よく妹の食事の手助けをしていったが、やはり母のことが気になって仕方ない。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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