第52話 三人がかりで

文字数 792文字

 胸にたくさんの小石をかかえ、次々とケインめがけて投げつけてくる。はなはだ原始的な攻撃だが、効果は絶大である。
「母さま!」
 その隙に地面に置かれた阿梨の長剣を拾い、勇利が走り寄ってくる。
「はい、母さまの剣!」
 先代から受け継ぎ、苦楽を共にしてきた長剣。どんな剣より手になじんだものだ。
「馬鹿! 二人ともなぜ戻ってきた !?
 褒められるどころか叱られた勇利はおろおろしながら、
「だって、母さまが心配で……」
 もし戦闘中でなかったら。阿梨はこの場で思いきり子供たちを抱きしめていただろう。
 だが今は戦いの最中だ。阿梨は勇利から剣を受け取ると、ケインの方に向き直った。
「おいっ、こら、やめないかっ」
 梨華の投石攻撃に気をとられているケインの喉もとに剣をつきつける。
 不意をつかれたケインは動きを止め、小さく息を洩らした。
「まさか親子三人がかりでかかってくるとはな……」
「勝負あったな、荒事屋」
 阿梨はかすかに笑みを浮かべて宣言した。ラルフも勇駿に取り押さえられ、苦々しい顔つきで相棒を見つめている。
「すまねえ……ケイン」
 この地で雇った連中もおおかた水軍の者に制圧されたようだ。
「やれやれ、今回はしくじったな」
 ケインは観念したように剣を足もとに投げ捨て、両手を高くかかげてみせた。
「降参だ。無駄な悪あがきはしないから鮫のエサは勘弁してくれ」
「黒幕の名を話してもらおうか」
「そいつはできねえ。悪党には悪党の流儀ってやつがあるんでね」
 答えると同時にケインは素早く懐に手を入れ、隠して持っていた煙幕玉を取り出し、投げつけた。
 とたんにあたり一面には煙がたちこめ、視界がきかなくなる。
 阿梨は煙を吸って咳きこみ、一瞬、ケインから視線を(はず)す。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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