第60話 刺客
文字数 867文字
「梨華、あれ見て!」
「え?」
兄の指さす方角に視線を向けた梨華は息を呑んだ。
その者はサマルディンの兵士の格好をしているが、明らかに他の兵たちとは動きが違っていた。さりげなく、しかし確実にアディーナ姫に接近していく。
「おかしいよ、あの人の動き!」
刺客、という言葉が脳裏をよぎった。今の状況を最もよく把握できるのが、船上から俯瞰している子供たちなのである。
「母さま!」
二人は母に知らせようと声を張り上げたが、群衆の喧騒にかき消されて届かない。
しかも悪いことに母はサマルディン軍の指揮官とおぼしき人物と話しこんでいて、異変に気づいていない。
「ど、どうしよう、梨華?」
二人がうろたえている間にも刺客は確実にアディーナ姫との距離を縮めていく。
「勇利はどうにかして母さまに知らせて! あたしはとにかく姫さまのところに行くから!」
言うや否や、梨華は全速力で渡し板を駆け下りていった。
「姫さま──逃げて !!」
声の限りに叫ぶが、歓呼する人々は誰もちっぽけな少女の言葉など気に止めない。
──どうして誰も気づかないの !?
苛立ちともどかしさが梨華を包む。アディーナ姫の命が危ないというのに!
人波にもみくちゃにされながら、梨華は必死にアディーナ姫に近づいていく。
──どうか間に合って!
祈るような気持ちでようやく姫の間近まで来た時だった。梨華の視界に突き出されるナイフが飛び込んできた。
──姫さま!
鈍く銀色に光る刃に頭の中が真っ白になる。
梨華はやみくもに手足を動かし、体ごとアディーナ姫とナイフの間に突っ込んでいく。
右の脇腹あたりに衝撃が走り、灼けるように熱くなる。
一瞬の静寂の後、悲鳴が上がった。
力が抜け、倒れこむ梨華の身体を誰かの腕が支えた。衣服からは白檀のいい匂いがする。母の好きな香りだ。
「梨華──梨華 !!」
耳もとで母の声を聞きながら、梨華の意識は薄れていった。
「え?」
兄の指さす方角に視線を向けた梨華は息を呑んだ。
その者はサマルディンの兵士の格好をしているが、明らかに他の兵たちとは動きが違っていた。さりげなく、しかし確実にアディーナ姫に接近していく。
「おかしいよ、あの人の動き!」
刺客、という言葉が脳裏をよぎった。今の状況を最もよく把握できるのが、船上から俯瞰している子供たちなのである。
「母さま!」
二人は母に知らせようと声を張り上げたが、群衆の喧騒にかき消されて届かない。
しかも悪いことに母はサマルディン軍の指揮官とおぼしき人物と話しこんでいて、異変に気づいていない。
「ど、どうしよう、梨華?」
二人がうろたえている間にも刺客は確実にアディーナ姫との距離を縮めていく。
「勇利はどうにかして母さまに知らせて! あたしはとにかく姫さまのところに行くから!」
言うや否や、梨華は全速力で渡し板を駆け下りていった。
「姫さま──逃げて !!」
声の限りに叫ぶが、歓呼する人々は誰もちっぽけな少女の言葉など気に止めない。
──どうして誰も気づかないの !?
苛立ちともどかしさが梨華を包む。アディーナ姫の命が危ないというのに!
人波にもみくちゃにされながら、梨華は必死にアディーナ姫に近づいていく。
──どうか間に合って!
祈るような気持ちでようやく姫の間近まで来た時だった。梨華の視界に突き出されるナイフが飛び込んできた。
──姫さま!
鈍く銀色に光る刃に頭の中が真っ白になる。
梨華はやみくもに手足を動かし、体ごとアディーナ姫とナイフの間に突っ込んでいく。
右の脇腹あたりに衝撃が走り、灼けるように熱くなる。
一瞬の静寂の後、悲鳴が上がった。
力が抜け、倒れこむ梨華の身体を誰かの腕が支えた。衣服からは白檀のいい匂いがする。母の好きな香りだ。
「梨華──梨華 !!」
耳もとで母の声を聞きながら、梨華の意識は薄れていった。