第69話 大切な者たちに
文字数 686文字
「父さまは母さまについていてあげて。今日は僕が梨華に朝ごはん持っていくから」
「しかし梨華には何と説明すれば……」
いつものように母が来なければ当然、梨華は不審に思うだろう。
「大丈夫、心配させないようにうまく話すから」
自信は全くなかったが、とにかく勇利はぽんと自分の胸を叩いた。
まだ朝もやの残る中、使いの者が急ぎ街へと出ていくさまを、勇仁は甲板から見送っていた。もちろん医者を呼びにいくためだ。
その姿が港のむこうの通りに消えていくと、勇仁は大きく吐息した。
「やれやれ、孫が大怪我をしたかと思えば、今度は姫さまが倒れるとは……まったく寿命が縮むわい」
思わず口をついて出てしまった「姫さま」という言葉に気づき、苦笑する。阿梨が生まれてから十七年間、使っていた呼び名だ。
先代の長の孫で、王家の血を引く姫君。まさか自分の息子と結婚することになろうとは夢にも思わなかった。
結婚してもしばらくはつい「姫さま」と呼んでしまい、阿梨に笑われたものだ。
──わたしは義理とはいえ、父上の娘です。自分の娘を姫さまなどと呼ぶ親はおりますまい。
裏表のない、まっすぐな気性。いつも自分を気遣い、立ててくれる。阿梨は申し分のない嫁だ。あの破壊的な料理の腕以外は。
孫の顔も見られて、もう充分生きた。自分の寿命などいらないから、大切な者たちにくれてやりたいと思う。
一刻も早くムジーク医師が来てくれないものか。
祈るような気持ちで、勇仁は街の方角に再び眼をやった。
「しかし梨華には何と説明すれば……」
いつものように母が来なければ当然、梨華は不審に思うだろう。
「大丈夫、心配させないようにうまく話すから」
自信は全くなかったが、とにかく勇利はぽんと自分の胸を叩いた。
まだ朝もやの残る中、使いの者が急ぎ街へと出ていくさまを、勇仁は甲板から見送っていた。もちろん医者を呼びにいくためだ。
その姿が港のむこうの通りに消えていくと、勇仁は大きく吐息した。
「やれやれ、孫が大怪我をしたかと思えば、今度は姫さまが倒れるとは……まったく寿命が縮むわい」
思わず口をついて出てしまった「姫さま」という言葉に気づき、苦笑する。阿梨が生まれてから十七年間、使っていた呼び名だ。
先代の長の孫で、王家の血を引く姫君。まさか自分の息子と結婚することになろうとは夢にも思わなかった。
結婚してもしばらくはつい「姫さま」と呼んでしまい、阿梨に笑われたものだ。
──わたしは義理とはいえ、父上の娘です。自分の娘を姫さまなどと呼ぶ親はおりますまい。
裏表のない、まっすぐな気性。いつも自分を気遣い、立ててくれる。阿梨は申し分のない嫁だ。あの破壊的な料理の腕以外は。
孫の顔も見られて、もう充分生きた。自分の寿命などいらないから、大切な者たちにくれてやりたいと思う。
一刻も早くムジーク医師が来てくれないものか。
祈るような気持ちで、勇仁は街の方角に再び眼をやった。