第14話 海の女神に

文字数 617文字

 航海は順調に始まった。
 蒼穹(そうきゅう)の下、船は追い風を受け、すべるように海原を進んで行く。
 やがて陸地がすっかり見えなくなると、阿梨は甲板にたたずむアディーナ姫に声をかけた。 
「姫君、ご気分はいかがでございますか。めまいや吐き気などはお感じになられませぬか?」
 アディーナ姫は振り返り、
「いいえ、少しも。むしろ心地よいくらいですわ」
「それは頼もしい」
 その言葉の意味がわからず、小首をかしげるアディーナ姫に、阿梨は甲板を目線で示した。
 そちらに視線を向けると、甲板では自分に付き添ってくれているタジクの護衛の兵や、侍女たちが青ざめた顔をしてぐったりしている。
「皆、どうしたの?」
 不思議そうにたずねる姫に、阿梨は、船酔いです、と説明した。
「タジクの方々はおそらく船に乗るのは初めてかと存じます。海の上は揺れますゆえ、慣れぬと気分が悪くなってしまうのです」
 皆の痛々しい姿に、アディーナ姫は思わず口もとに両手を当てる。
「初めて船にお乗りになって何ともないとは、姫は海の女神に気に入られたのやもしれませぬな」
 ふふっと小さく笑う阿梨にアディーナ姫は、
「阿梨さまはいかがでしたの? 最初に船に乗られた時は」
「わたしは海の上、水軍の船の中で生まれました。生まれながらに海に(いだ)かれていたようなものです」




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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