第30話 束の間の自由
文字数 844文字
すうっと息を吸いこむと潮の香りが胸に広がっていく。
フローレスは浅瀬に杭を打ち込み、その上に造られた海の都。街のどこにいても潮の匂いがする。
長い金髪を後ろでひとつに編んで、町娘の質素な衣装を着たアディーナ姫は市場にいた。初めて見る野菜や果物、近海の新鮮な魚。異国のさまざまな衣装をまとって歩く人々。すべてが珍しく、砂漠の国の姫の心を弾ませてくれる。
しかしそばにはさり気なくタジクから同行した護衛の兵、水軍の腕利きの者、そして自らも剣を携えた阿梨が姫を取りかこむようにして周囲に気を配っている。
もっとも当のアディーナ姫には危機感などまるでなく、そっと尻尾に触れては魚に飛び跳ねられ、歓声を上げる。
「おいこら、勝手に売り物に触るんじゃねえよ!」
店主の親父に怒られ、きょとんとした後。阿梨たちがはらはらして見守る中、姫はスカートの裾をつまんで優雅に頭を下げた。
「これは大変失礼いたしました。何分このような場所は初めてでしたもので……。どうぞお許しくださいませ。よろしければお魚の代金は弁償させていただきますが」
あちこちで威勢のいい掛け声が飛び交う市場で、おおよそ場違いな丁寧さで謝られた店主は、
「あ、いや、わかりゃいいんだよ」
顔を赤くして頭の後ろに手を当てる。
「あんた、地味な格好の割にはえらく上品な姉ちゃんだな。まるでどこかの貴族さまみたいだ」
何とも不思議な娘だと店主はしきりに首をひねる。
貴族どころか腕利きの護衛を従えた王族だと知ったら、きっと腰を抜かすだろう。
姫はにこっと笑うとその店の前を離れ、今度は色鮮やかな果物が並ぶ店の軒先をのぞきこむ。
人々が集まる市場とはこんなにも豊かで、楽しいものなのか。
踊るような足取りで次々といろいろな店をのぞいていく。
このまま、ずっとこうしていられたら……。
詮なき願いを姫は心の内でつぶやいた。
フローレスは浅瀬に杭を打ち込み、その上に造られた海の都。街のどこにいても潮の匂いがする。
長い金髪を後ろでひとつに編んで、町娘の質素な衣装を着たアディーナ姫は市場にいた。初めて見る野菜や果物、近海の新鮮な魚。異国のさまざまな衣装をまとって歩く人々。すべてが珍しく、砂漠の国の姫の心を弾ませてくれる。
しかしそばにはさり気なくタジクから同行した護衛の兵、水軍の腕利きの者、そして自らも剣を携えた阿梨が姫を取りかこむようにして周囲に気を配っている。
もっとも当のアディーナ姫には危機感などまるでなく、そっと尻尾に触れては魚に飛び跳ねられ、歓声を上げる。
「おいこら、勝手に売り物に触るんじゃねえよ!」
店主の親父に怒られ、きょとんとした後。阿梨たちがはらはらして見守る中、姫はスカートの裾をつまんで優雅に頭を下げた。
「これは大変失礼いたしました。何分このような場所は初めてでしたもので……。どうぞお許しくださいませ。よろしければお魚の代金は弁償させていただきますが」
あちこちで威勢のいい掛け声が飛び交う市場で、おおよそ場違いな丁寧さで謝られた店主は、
「あ、いや、わかりゃいいんだよ」
顔を赤くして頭の後ろに手を当てる。
「あんた、地味な格好の割にはえらく上品な姉ちゃんだな。まるでどこかの貴族さまみたいだ」
何とも不思議な娘だと店主はしきりに首をひねる。
貴族どころか腕利きの護衛を従えた王族だと知ったら、きっと腰を抜かすだろう。
姫はにこっと笑うとその店の前を離れ、今度は色鮮やかな果物が並ぶ店の軒先をのぞきこむ。
人々が集まる市場とはこんなにも豊かで、楽しいものなのか。
踊るような足取りで次々といろいろな店をのぞいていく。
このまま、ずっとこうしていられたら……。
詮なき願いを姫は心の内でつぶやいた。