第44話 青白い炎

文字数 764文字

 同じ頃、水軍の旗艦の一室では阿梨を囲んで勇駿や勇仁、それに腹心の部下たちが机に地図を広げていた。
 急ぎフローレスの地理に詳しい者が呼ばれ、彼は街の外れにぽつんと一軒だけ記された建物を指さした。
「ここが誘拐犯どもが指定してきた場所であり、おそらくは連中の本拠地でもあると思われます。今では使われていない修道院で、廃墟となっています」
 修道院? と阿梨は訊き返したが、すぐに、
「ああ、この国の宗教施設か」
 と思い出す。
「運河を隔てて向こう岸には死者の島と呼ばれる墓地があって、陽が落ちると地元の者は誰も近づきません」
「なるほど、悪党どもの根城にはうってつけだな」
「建物の周囲には林が広がっていて、水軍の方々は身を隠すには都合がよいかと思われます。表側の林と裏手の死者の島にひそんで取り囲み、挟み撃ちにできましょう」
「奴らは何と要求しているのじゃったかな?」
 たずねる勇仁に阿梨は、
「指輪を持って長がみずから来るようにとの指示です」
 そこでふん、と鼻を鳴らし、
「長が来るようにと書いてはあったが、ひとりで来いとはどこにも書いてなかったぞ。もっとも書いたとて本当にひとりで来るとは思っていないだろうがな。誘拐犯相手に礼儀正しくなどふるまえるものか」
 峻厳な表情の、低い声。
 隣に立つ勇駿は阿梨の怒りが痛いほど伝わってきた。
 阿梨は怒りが深いほど、むしろ内に秘められていく。その姿は一見、静かだが、青白い炎に包まれているかのようだ。
 すでに水軍でも手練れの者たちが武器を手に、いつでも発てるように準備を整えている。
 阿梨は宙空を睨み、自分を奮い立たせるように宣言した。
「必ず、勇利と梨華を取り戻す──!」




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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