第61話 夢と現(うつつ)の間

文字数 849文字

 すぐさま医者が呼ばれ、手当てが施されたが、床についた梨華は一昼夜、意識が戻らなかった。
 受けた傷はかなり深く、高熱が少女から体力を奪ってゆく。
 夢と(うつつ)の間をさまよいながら、梨華は多くの声を聞いていた。
 それは父母のものであったり、兄や祖父のものであったり、アディーナ姫のものであったりしたが、皆、一様に梨華に呼びかけてくる。
 梨華も応えて皆の声のする方へ行きたいのだが、どちらへ進めばよいのかわからない。
 と、不意にひとりの女性が現れた。
 どことなく母に似た面ざしの女性は梨華に向かって優しく微笑み、すっとひとつの方角を指し示す。
 ──お行きなさい、梨華。あなたはまだこちらに来てはいけませぬ。
 知らない人なのに、なぜかとても懐かしい気のする女性。
 ふっとある名前が口をついて出た。
真綾(まあや)……おばあさま……?」
 早くに亡くなり、会ったこともない母方の祖母。
 問いかけた瞬間、女性の姿は消え、梨華はまぶたを開けた。
 眼の前には母の姿。ほつれた髪を直そうともせず、憔悴(しょうすい)した表情でこちらをのぞきこんでいる。
「梨華!」
 娘の手をしっかりと握り、阿梨は呼びかけた。
「母さま……あたし、どうしたの?」
 体を動かそうとして痛みに顔をしかめる梨華を、母はあわてて制止する。
「まだ動いては駄目だ。当分はじっとしていないと」 
 ぼんやりしていた頭が少しすっきりすると、梨華は勢いこんでたずねた。
「そうだ、アディーナ姫は? 姫さまは無事なの !?」 
「アディーナ姫なら大丈夫。梨華のおかげだ。命の恩人に心からの感謝を伝えてくれと頼まれている」
 梨華は安堵して息をついた。よかった。大好きな姫さまを守ってあげられたのだ。
 寝台の周囲には見舞いの花や珍しい果物が所狭しと並べられている。婚礼の準備でそばに付き添えない姫からの、せめてもの心づかいだ。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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