第41話 梨華の怒り

文字数 602文字

 両手を縛られたまま、梨華は毅然と立ち上がった。
「あんた誰 !? あたしたちをどうするつもり!?
 男は含み笑いしながら、
「こりゃ気が強えや。さすが水軍の長の娘だ」
「あたしたちを帰してよ! 今頃、母さまや船のみんながきっと心配してるわ」
 黙って抜け出して、少しばかり街歩きを楽しんだら、気づかれないうちに戻るつもりだったのに。
「俺の名はケイン。稼業は荒事屋ってところだな。なあに、そのうちに母さんが迎えに来るさ。ある品物を持ってな」
「品物?」
 眼をしばたたかせて訊き返す梨華に、
「アディーナ姫の持つ、サマルディン王家の婚礼にはなくてはならないエメラルドの指輪さ」
「何ですって !?
 その指輪なら梨華もアディーナ姫に見せてもらったことがある。姫の瞳の色と同じ、澄んだ美しい緑だった。
「だめよ! 指輪がなかったら姫さまはロジェ王子と結婚式ができないわ」
 男は飄々として、その通り、と答える。
「そこが狙いなのさ。誰も殺さないし、誰も傷つけない。だが婚礼は阻止できる。この縁組を破談にするのが俺たちの雇い主のご希望でね」
 男の言い草を聞いているうちに、梨華は猛然と腹が立ってきた。
 自分たちをさらってアディーナ姫の大切な指輪と交換する?
 何をフザけたことを言っているのだ、この男は!




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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