第42話 勇利の制止

文字数 560文字

 手は縛られているが足は自由に動く。梨華は拳法が得意だ。幼いながらも大人相手に引けを取らない。
 すうっと息を吸いこみ、勢いをつけて走りだす。そして眼の前の男に思いきり蹴りを入れてやる──つもりだった。
 だが頭に血がのぼった梨華は、自分の腰と柱を結んでいる頑丈な縄の存在を忘れていた。あと一歩のところで動きは阻止され、蹴りは空しく宙を切った。
「きゃあ!」
 均衡を崩した梨華は勢いあまって派手に床に叩きつけられる。
「梨華!」
 自分も縛られたまま、勇利があわてて駆け寄る。
 男はひゅう、と口笛を吹いた。
「惜しかったな、嬢ちゃん」
 床に転がったまま、梨華がきっと男を睨みつけた時、
「しゃべりすぎだぞ、ケイン」
 もうひとり、薄茶の髪を肩まで垂らした若い男がやって来る。
「なあに、相手は子供さ。しかもこちらの手の中だ」
「何事も決して油断するな、あんたの口癖だろうが」
 咎めるような口調の若い男に、はいよ、と壮年の男は肩をすくめてみせる。
「じゃあな、迎えが来るまでおとなしくしてな」
 そう言い残して二人がドアを閉めようとした時、
「待って!」
 叫んだのは勇利だった。
 男たちは動きを止め、勇利を凝視する。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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