第6話 幻の貴賓室

文字数 581文字

 勇駿は思案するように腕組みして、
「一国の王女殿下が乗船するとなると、ふさわしい部屋を用意しなくては。貴賓室を片づけないと」
「貴賓室?」
 阿梨は髪をとかしながら意外そうな声を出した。
「そんなものがこの船にあったかな」
「誰も使う者がいなかったからね。今ではすっかり物置になっている。ガラクタをどけて内装を整えないと」
 急務である。断じてタジクの王女殿下を物置に寝起きさせるわけにはいかない。
 やることは山ほどある。頭の中であれこれ考えを巡らせる阿梨の背後から、勇駿が歩み寄って来るのが鏡に映る。
「勇駿?」
 振り返ろうとした刹那、阿梨は勇駿に背中からふんわりと抱きしめられていた。
 阿梨を腕に抱いたまま、勇駿は眼を閉じ、しみじみとつぶやいた。
「もう十年か……」
 あの、共に海に生きようと想いを伝えあった日から。
 あれは阿梨が十七の時だ。
 身分違いだとあきらめていた。阿梨は海の民であると同時に羅紗国の王女だ。阿梨の母の真綾は正妃ではないが王の妻だったのだ。
 けれど阿梨は自分を生涯の伴侶に選んでくれた。結婚して二人の子供にも恵まれ、過分なほどの夢のような十年だった。
 十年経っても、母となっても、阿梨は変わらない。美しく誇り高い水軍の長だ。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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