第6話 幻の貴賓室
文字数 581文字
勇駿は思案するように腕組みして、
「一国の王女殿下が乗船するとなると、ふさわしい部屋を用意しなくては。貴賓室を片づけないと」
「貴賓室?」
阿梨は髪をとかしながら意外そうな声を出した。
「そんなものがこの船にあったかな」
「誰も使う者がいなかったからね。今ではすっかり物置になっている。ガラクタをどけて内装を整えないと」
急務である。断じてタジクの王女殿下を物置に寝起きさせるわけにはいかない。
やることは山ほどある。頭の中であれこれ考えを巡らせる阿梨の背後から、勇駿が歩み寄って来るのが鏡に映る。
「勇駿?」
振り返ろうとした刹那、阿梨は勇駿に背中からふんわりと抱きしめられていた。
阿梨を腕に抱いたまま、勇駿は眼を閉じ、しみじみとつぶやいた。
「もう十年か……」
あの、共に海に生きようと想いを伝えあった日から。
あれは阿梨が十七の時だ。
身分違いだとあきらめていた。阿梨は海の民であると同時に羅紗国の王女だ。阿梨の母の真綾は正妃ではないが王の妻だったのだ。
けれど阿梨は自分を生涯の伴侶に選んでくれた。結婚して二人の子供にも恵まれ、過分なほどの夢のような十年だった。
十年経っても、母となっても、阿梨は変わらない。美しく誇り高い水軍の長だ。
「一国の王女殿下が乗船するとなると、ふさわしい部屋を用意しなくては。貴賓室を片づけないと」
「貴賓室?」
阿梨は髪をとかしながら意外そうな声を出した。
「そんなものがこの船にあったかな」
「誰も使う者がいなかったからね。今ではすっかり物置になっている。ガラクタをどけて内装を整えないと」
急務である。断じてタジクの王女殿下を物置に寝起きさせるわけにはいかない。
やることは山ほどある。頭の中であれこれ考えを巡らせる阿梨の背後から、勇駿が歩み寄って来るのが鏡に映る。
「勇駿?」
振り返ろうとした刹那、阿梨は勇駿に背中からふんわりと抱きしめられていた。
阿梨を腕に抱いたまま、勇駿は眼を閉じ、しみじみとつぶやいた。
「もう十年か……」
あの、共に海に生きようと想いを伝えあった日から。
あれは阿梨が十七の時だ。
身分違いだとあきらめていた。阿梨は海の民であると同時に羅紗国の王女だ。阿梨の母の真綾は正妃ではないが王の妻だったのだ。
けれど阿梨は自分を生涯の伴侶に選んでくれた。結婚して二人の子供にも恵まれ、過分なほどの夢のような十年だった。
十年経っても、母となっても、阿梨は変わらない。美しく誇り高い水軍の長だ。