第7話 満ち足りた歳月

文字数 482文字

 自分を包む勇駿の腕に、阿梨はそっと手をかける。
「わたしがこうして長を続けてこられたのは勇駿のおかげだ」
 勇駿の夢のような十年は、阿梨にとっても満ち足りた歳月だった。
 人の上に立つ者は孤独だというが、いつも勇駿がそばにいてくれたから、ついぞ孤独など感じたことはない。
 阿梨の祖父──先代の長の片腕だった勇仁。彼の息子で五歳年上の勇駿は、阿梨が生まれた時からずっと彼女を守り、支えてくれた。
「感謝している」
「感謝だけか?」
「どうした、今夜は」
「たまには別の言葉を聞きたくなっただけだ」
 わかりきったことを言わせる気か、と阿梨は微笑する。
「聞きたい。その唇から」
 ゆっくりと立ち上がった阿梨は勇駿の腕の中で向き直り、頬を寄せた。
「ならば一度だけ言おう。二度は言わぬ。……愛している」
 他の誰でもない。この胸が、このぬくもりがいい。
 ありのままの自分を受け入れてくれる存在。魂の半分。
 船窓からの月明かりが、重なりあう二つの影を淡く照らしていた。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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