第65話 海の民の娘

文字数 504文字

 考えてもみなかった母の言葉に梨華は唖然として、
「嫌よ!」
 ときっぱり否定してのけた。
「宮廷なんて窮屈なところ、大っ嫌い! お願いだから、あたしをそんな所に押しこめないで」
「梨華……」
「それとも母さまは梨華が邪魔? 足手まといに思ってる?」
 不安をにじませてたずねる梨華に、まさか、と阿梨は大きくかぶりを振る。
「邪魔であるはずがないだろう! 誰が好きこのんで可愛い娘を手放すものか。わたしはできることなら毎日を梨華と勇利と共に過ごしたい」
「じゃあ決まりね。あたしは今まで通り、母さまや父さま、兄さまやおじいさま、船のみんなと一緒にここで暮らす」
「しかし……」
 逡巡する阿梨をさえぎるように、
「大丈夫よ、こんなケガ、すぐによくなるわ。あたしは今の暮らしが好き。風を追い、海を往く水軍の生活が好き」
 寝台に横になりながらも、瞳を輝かせて問いかける。
「ねえ、次はどこへ行くの? 海を渡ってどんな荷を運ぶの?」
 そして少女は誇らしげに微笑んだ。
「だって、あたしは母さまの……海の民の娘だもの」




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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