第1話 兄と妹

文字数 644文字

 東の大陸の港町、泉翔(せんしょう)。錨を降ろし、停泊した船の甲板で、ひとりの男が子供たちに剣の稽古をつけていた。
 相手は二人。共に八歳の少年と少女である。
 二人とも上半身がちょうど隠れるくらいの丈の立襟の上着と、動きやすい脚衣を身につけている。衣服の仕立ては同じだが、少年は濃紺、少女は鮮やかな紅と色だけが違っている。
 男の名は勇仁(ゆうじん)。年は五十代後半といったところで、稽古をつけているのは彼の双子の孫たちだ。
 勇仁は以前は水軍の(おさ)を補佐して采配(さいはい)をふるったものだが、今は半ば隠居の身で、孫たちの教育がもっぱらの生きがいとなっている。
「そら、脇が甘いぞ!」
 打ち返されても、なお果敢に向かってくる三つ編みの少女が妹の梨華(りか)。まだ未熟だが筋がいい。
 そして、そのそばで慎重に打ちこむ機会をうかがっている短髪の少年が兄の勇利(ゆうり)
「どうした? 打ってくるがいい」
 乞われても勇利は木刀を握ったまま、なかなか動けずにいる。
 そんな孫をじれったく思いながら、祖父は内心ため息をついた。
 兄の勇利は学問には秀でているが、武芸の方は妹と比べると、どうも心もとない。先が思いやられるというものだ。
 勇利が攻めあぐねている間に、がらがらと音がして馬車が近づいて来る。
 馬車は桟橋の手前で止まり、先に降りた長身の男性が、後から降りるすらりとした女性に手を差し伸べる。
 彼の手を取った女性は長い髪を高めの位置でひとつにまとめ、黒の光沢ある立襟の長めの上着と脚衣。腰には剣を帯び、いわば男装だが、凛とした美しい容姿とよく似合っている。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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