第8話 荒事屋
文字数 866文字
阿梨と勇駿が寄り添いあっていた、同じ頃。
泉翔の港にある酒場の隅で、二人の男がひっそりとテーブルについていた。
高い天井に太い木組みの梁。忙しく行き交う給仕の女たち。周囲は酔客の話し声や笑い声で騒々しいが、彼らにはかえって都合がいい。
二人のうち一人は四十代くらいの、銀髪を後ろで束ねた精悍な男。もう一人はずっと年下、二十歳そこそこといった感じで、薄茶の髪を肩まで垂らした若者だ。
酒が運ばれてきたところで、年上の男──ケインがグラスを持ち上げながら口火を切った。
「あと一週間もすれば、アディーナ姫の一行はこの港に到着するそうだ」
「雇い主の報告通りだな」
二人の稼業は「荒事屋」。名の通り、金のためなら手荒な手段も辞さない裏世界の人間だ。
彼らを雇ったのはタジク宮廷内の反サマルディン派の筆頭、大臣シャヌーク。この大臣の一派は遠く離れたサマルディンではなく、資源の豊かな国パウザニアとの強固な同盟を主張しているのである。
まあついでに婚約者のいるアディーナ姫に横恋慕したパウザニアの王子から、多大なる賄賂……いや寄付も受け取ってはいるのだが。
「でも、どうする気だ、ケイン? 到着してもお姫さんにはタジクの護衛の兵がわんさかついているぞ」
ケインはそうだな、と低めの声で相槌を打った。
「この街で事を起こすのは不可能だろう」
「じゃあ、海へ出たら狙うのか?」
バカを言え、とケインは相棒の若者──ラルフにぶっきら棒に答えた。
「アディーナ姫を乗せてサマルディンまで航行するのは羅紗水軍だぞ。このあたりの海域では最強とまで言われる連中だ。だからこそ海がなくて水軍を持たないタジクは姫を託したんだろうがな。海ではド素人の俺たちがかなうものか」
「だったらどうするんだ」
「水軍の隙をつくのさ」
隙? とラルフは解せない顔つきで訊き返す。
「海の上では無敵でも、陸ではどうかな。俺たちが行動を起こすのは水軍の寄港地だ」
泉翔の港にある酒場の隅で、二人の男がひっそりとテーブルについていた。
高い天井に太い木組みの梁。忙しく行き交う給仕の女たち。周囲は酔客の話し声や笑い声で騒々しいが、彼らにはかえって都合がいい。
二人のうち一人は四十代くらいの、銀髪を後ろで束ねた精悍な男。もう一人はずっと年下、二十歳そこそこといった感じで、薄茶の髪を肩まで垂らした若者だ。
酒が運ばれてきたところで、年上の男──ケインがグラスを持ち上げながら口火を切った。
「あと一週間もすれば、アディーナ姫の一行はこの港に到着するそうだ」
「雇い主の報告通りだな」
二人の稼業は「荒事屋」。名の通り、金のためなら手荒な手段も辞さない裏世界の人間だ。
彼らを雇ったのはタジク宮廷内の反サマルディン派の筆頭、大臣シャヌーク。この大臣の一派は遠く離れたサマルディンではなく、資源の豊かな国パウザニアとの強固な同盟を主張しているのである。
まあついでに婚約者のいるアディーナ姫に横恋慕したパウザニアの王子から、多大なる賄賂……いや寄付も受け取ってはいるのだが。
「でも、どうする気だ、ケイン? 到着してもお姫さんにはタジクの護衛の兵がわんさかついているぞ」
ケインはそうだな、と低めの声で相槌を打った。
「この街で事を起こすのは不可能だろう」
「じゃあ、海へ出たら狙うのか?」
バカを言え、とケインは相棒の若者──ラルフにぶっきら棒に答えた。
「アディーナ姫を乗せてサマルディンまで航行するのは羅紗水軍だぞ。このあたりの海域では最強とまで言われる連中だ。だからこそ海がなくて水軍を持たないタジクは姫を託したんだろうがな。海ではド素人の俺たちがかなうものか」
「だったらどうするんだ」
「水軍の隙をつくのさ」
隙? とラルフは解せない顔つきで訊き返す。
「海の上では無敵でも、陸ではどうかな。俺たちが行動を起こすのは水軍の寄港地だ」