第64話 最善と幸せ
文字数 553文字
「わたしは自分がそうであったように、船でそなたたちを産み、育ててきた。だが、海での生活は幼いそなたたちには過酷なものであったかもしれない」
思いがけない台詞に梨華はまばたきした。
「そなたたちを海で……船で育ててきたのは、何があっても守り抜けるという自信があったからだ。だが、現実はこの通りだ。水軍の長などと言っても、わたしは自分の娘さえ守ってやれなかった……」
「だから、それは母さまが悪いんじゃないわ! あたしが勝手にやったことよ」
思わず梨華は叫んでいた。こんな気弱な母の姿は初めてだ。母はいつだって凛として、幾多の困難を乗り越えてきたのに。
熱にうなされる娘の額を冷やす布を何度も替えながら、阿梨は一晩中考え続けていた。何が梨華にとって最善──幸せなのか。
明確な答えなど得られぬまま、阿梨は意を決して切り出した。
「もし梨華が望むなら、船を降りて静かな暮らしもできるのだよ。たとえば春麗 おばあさまのいる江林 村とか」
春麗おばあさまとは父方の祖母で、江林村は海龍一族──羅紗水軍の本拠地だ。
「それに、そなたは羅紗の国王の孫。王都の宮廷で何不自由ない生活もできる身だ」
思いがけない台詞に梨華はまばたきした。
「そなたたちを海で……船で育ててきたのは、何があっても守り抜けるという自信があったからだ。だが、現実はこの通りだ。水軍の長などと言っても、わたしは自分の娘さえ守ってやれなかった……」
「だから、それは母さまが悪いんじゃないわ! あたしが勝手にやったことよ」
思わず梨華は叫んでいた。こんな気弱な母の姿は初めてだ。母はいつだって凛として、幾多の困難を乗り越えてきたのに。
熱にうなされる娘の額を冷やす布を何度も替えながら、阿梨は一晩中考え続けていた。何が梨華にとって最善──幸せなのか。
明確な答えなど得られぬまま、阿梨は意を決して切り出した。
「もし梨華が望むなら、船を降りて静かな暮らしもできるのだよ。たとえば
春麗おばあさまとは父方の祖母で、江林村は海龍一族──羅紗水軍の本拠地だ。
「それに、そなたは羅紗の国王の孫。王都の宮廷で何不自由ない生活もできる身だ」