第49話 自由の身となって

文字数 668文字

 姫の嫁ぎ先のサマルディンの風習では、婚姻の証に指輪を左手の薬指にはめるという。
 だから阿梨はそれを右手の薬指にはめた。左手の薬指にはめていいのは正当な持ち主であるアディーナ姫だけだ。
 なるほど、とケインはにやりと笑った。
「どうやら水軍の長は律義らしい。では、そいつを渡してもらおうか」
「子供たちが先だ!」
「なら同時だ。武器を置いてこっちに歩いてきな」
 言われた通り、阿梨は腰に差していた剣を地面に置き、歩を進める。
 ケインは相棒のラルフに向かって、
「おい、子供たちを放してやりな」
「だが……」
 逡巡するラルフに、
「この女は誇り高い。卑怯な真似はしないさ」
「悪党に褒められても嬉しくはないな」
 相棒の指示に、渋々ラルフは子供たちの腰に結んでいた縄をほどいてやる。ある意味、ケインと彼女は似た者同士ではないかと思いながら。
 子供たちは後ろ手に縛られたまま、それでも自由の身となって母のもとに一目散に駆けてゆく。
「母さまあ!」
 阿梨は片膝をついてしゃがみこみ、胸に飛びこんでくる子供たちをぎゅっと抱きしめた。
「大事ないか !? ケガなどしていないな?」
 涙があふれて言葉にならず、うなずく子供たちをさらにきつく抱きしめる。 
 叱られるだろうと思った。言いつけを破って勝手に街へ出たあげく、さらわれてこんな騒ぎを起こしたのだ。うんと叱られるだろうと思った。
 しかし母は何も言わず、自分たちを抱きしめたままだ。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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