第51話 剣戟(けんげき)

文字数 629文字

 阿梨は絶え間なく攻撃を繰り出しながら、
「わたしは殺しは嫌いだ」
「気が合うな。俺も同じだ」
「だが、おまえは別だ。年端もゆかぬ子供をさらって人質にするような卑劣漢など、切り刻んで鮫のエサにしてくれるわ!」 
 どうやら自分は母親という人種を本気で怒らせてしまったらしい。敵に回したら実に厄介な相手だ。
 ふと気づけば周囲ではラルフや雇った部下たちも、水軍の者と切りあいになっている。まあ、予想はしていた展開だが。
 しかしケインとて荒事で生きてきた男だ。
 いくら阿梨の剣戟が早くても、間合いさえ取れば、長剣を持ったケインの方が有利だった。
 最初は圧倒されていたケインも阿梨の動きに慣れてくると、徐々に反撃の糸口がつかめてくる。
 やがて阿梨の攻撃をかわした直後、突き出されたケインの剣が彼女の右腕をかすめた。
「くっ……!」
 鋭い痛みに顔をしかめる阿梨を、さらにケインの斬撃が襲う。
 阿梨はとっさに左手に持っていた短剣で刃を受け止めたが、はずみで傷を負った右手から剣が落ちる。
 ケインは決定的となる一撃を与えるべく、冷酷に長剣を振りかざす。
「悪いが、その右腕、いただいた!」
 が、次の瞬間、ケインは顔面に全く予期せぬ衝撃を感じた。
 いったい何が起こったのか。状況を理解しようと阿梨の背後を見ると、そこにはこちらを睨みつけながら梨華が立っていた。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み