第56話 水軍を継ぐ者

文字数 514文字

「もう二度と言いつけを破って馬鹿な真似はしないように。よいか?」
「はい」
 涙声で、それでも返事だけはする。
「そなたたちは海龍一族の長の嫡子であり、いずれは水軍を継ぐ者なのだから、軽はずみな行動はつつしむように」
 泣きながらも梨華は眼を見開いて母を見た。水軍を継ぐ者──今、母は確かにそう言った。
 次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられる感触。
「わかればいい。……無事でよかった」
 梨華にも勇利にも伝わってくる。誰よりも自分たちを案じたのは母だと。
「あの時、加勢をしてくれて、剣を持ってきてくれてありがとう。二人の助力がなかったら、わたしは危なかった」
 ケインという男は強かった。もし二人が来てくれなかったら、本当に右腕を失っていたかもしれない。
 子供たちを抱きしめながら阿梨はふうっと息を吐いた。
 壮麗なる海の都の、何と長い一日であったことか。
「二人とも疲れただろう。お腹は空いてないか? 何か軽く食べて、今夜は早く寝なさい」
 こくんとうなずく子供たちに母は優しく語りかけた。
「罰の甲板掃除は明日からでよいからね」




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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