第4話 水軍の仕事

文字数 766文字

 夕食の後、阿梨は義父の部屋を訪れた。今日成立した契約の詳細を報告するためだ。
 東の大陸の中原に位置するタジク王国。第一王女のアディーナ姫は、国の結びつきを強めるため、西の大陸のサマルディン王国・第一王子に嫁ぐ。
 二つの国の間には大海が横たわっている。海を渡って花嫁をサマルディンに送り届けること、それが今回阿梨の率いる羅紗(らしゃ)水軍が請けおった仕事である。
「あと一週間ほどで花嫁は婚礼道具と共にこの港に到着する予定だそうです。こちらもそれまでに準備を整えておかなくては」
 国の威信をかけた第一王女の婚礼道具となれば相当なものだろう。それらをすべて効率よく船に積み込まなくてはならない。
 さらに王女の護衛や侍女といった付き人たちもいる。西の大陸までは長い航海となり、食糧と水も充分な量を用意しなくてはならない。
「人と荷の多さを考えれば、水軍のかなりの船を使うことになりましょう」
「大仕事じゃな」
 はい、と首肯してから、阿梨は表情を曇らせた。
「いかがした?」
「実はひとつ懸念が……」
「懸念とは?」
「これは内々の話ですが、二つの国の結びつきが強まるのをよしとしない動きが、タジクの宮廷内にはあるそうです。政治がらみの大臣の一派とか。すでに何かしらの手が打たれたようです。この度のサマルディン行きには妨害が入るやもしれませぬ」
「なるほど、タジクも一枚岩ではないというわけか」
 二つの国をつなぐ婚礼。その背後の複雑な事情に、勇仁も厳しい顔つきになる。
「もっとも安全が保証された航海などありはせぬがな。請けおった以上、われら水軍の仕事は何が起ころうと、アディーナ姫をサマルディンまで無事に送り届ける、それだけじゃ」




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み