第2話 父の威厳

文字数 491文字

「父さま! 母さま!」
 木刀を置き、甲板の縁に駆け寄って大きく手を振る子供たちに、女性は船を見上げ、笑顔で手を振り返す。
「勇利! 梨華!」
 子供たちに呼びかける母は阿梨(あり)。父は勇駿(ゆうしゅん)。月日の経つのは早いもので二人が結婚して十年近くになる。
義父(ちち)上、ただいま戻りました」
 船へと続く渡し板を登り、夫と共に帰り着いた阿梨は、まず勇仁に頭を下げた。
 勇仁は、うむ、とうなずき、
「首尾はいかがであった?」
「タジクの王家との契約、正式に調印いたしました」
「それは結構」
「後ほど詳細を報告にうかがいます。子供たちの相手をしていただき、ありがとうございました」
 なんの、と勇仁はさらりと返す。
「今日は剣術の稽古をつけていたが、梨華はなかなか見どころがあるぞ。母親譲りじゃな。そなたの子供の頃にそっくりじゃ」
 祖父の言葉に梨華は瞳を輝かせて、
「母さま、子供の時から強かったの?」
「ああ。何しろ初めて体術を習って、おまえたちの父を投げ飛ばしたくらいじゃ」
「父上、その話はどうかもう時効にしてください」
 頭の後ろに手をやって勇駿がぼやく。そんな昔話をされたら、元々あまりない父の威厳がますます失われそうだ。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

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