第50話 指輪が欲しくば

文字数 695文字

「おい、親子の感動の対面はもう充分だろう。今度はこっちの番だ」
 阿梨は顔を上げ、ああ、とケインに答えると、子供たちにそっと耳打ちした。
「後の木立ちの中に父さまと水軍の者たちが待っている。わたしが立ち上がったら、そちらへ全力で走れ」
「でも、母さまは……」
 すでにケインの背後ではこの地で雇った男たちが武器を手に、殺気をみなぎらせて修道院の建物から次々と出てきている。
「わたしのことは案ずるな。今は自分たちの身の安全だけ考えよ。よいな?」
 子供たちは唇を引き結び、こくりと首を振る。
 指図通り、母が立ち上がると同時に、梨華と勇利は素早く走り出した。
「待てっ、話が違うぞ!」
 予想外の成り行きに抗議の声を上げるケインの前に立ちはだかり、
「別に違わないとも。アディーナ姫の指輪はわたしの右手の指にある。欲しければ、わが腕を切り落として奪うがいい!」
 叫ぶや否や、阿梨は上着の内側から短剣を取り出し、ケインに切りかかる。
 ラルフはあわてて助太刀しようとしたが、
「手を出すな! こいつは俺と、この女の勝負だ!」
 制止され、動きを止める。 
 その間にも阿梨とケインは激しく剣戟(けんげき)を続けていく。
 (はや)い、とケインは思った。しかも両手使いだ。
 懐に入られたのは失敗だった。長剣を持つ自分の方が有利なはずなのに、右左から狙ってくる短剣に圧倒され、かわすのが精一杯だ。
 さすがは水軍を率いる長だ。指輪が欲しくばわが腕を切り落として奪え、そう豪語するだけのことはある。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み