第17話 砂漠とオアシスの国

文字数 793文字

「えーっ、姫さまと母さまでは全然違うよ! とても同じ王女さまだなんて考えられないよ」
 無邪気というか正直というか、ありのままを発言したのは勇利である。母は心ひそかに後でゲンコツをくれてやろうかと思う。
 顔が引きつるのをこらえつつ、阿梨はできるだけ穏やかな口調でアディーナ姫に事情を説明した。
「わたしは王族とはいっても水軍の長などやっている、いわば、はみ出し者。王家の方は弟に任せきりですので……」
 この十年の間に弟の白瑛(はくえい)は見違えるほど成長した。今年で十七歳。もう立派な王太子だ。
 阿梨にとっては甚だ不本意な展開であったが、おかげで緊張がほぐれ、皆はようやく会話を始めた。後はなごやかに食事は進んでいく。
 子供たちは遠い中原の国・タジクの話を聞きたがり、アディーナ姫は請われるままに語っていく。
 タジクは砂漠とオアシスの国。ラクダに乗った隊商が行き交い、市場はいつもにぎわい、ナツメヤシの緑が涼しい木陰を作る。
 古い遺跡が眠り、不思議な伝説が数多く残っていて、人々は楽器をかき鳴らし、歌と踊りが大好きだ。
 眼を輝かせる勇利と梨華にそこまで話した時だ。不意にアディーナ姫の緑の瞳から涙がぽろっとこぼれ落ちた。
「ど、どうしたの、姫さま?」
 急に泣き出したアディーナ姫に子供たちはあわてふためき、大人たちも同様である。
 姫は目もとをぬぐいながら、
「ごめんなさい、話していたら、つい故郷を懐かしく思い出してしまって……」
 勇利は姫の気持ちは、いつか本で読んだ「ほーむしっく」というものだろうと理解した。
 梨華もこれ以上、お国の話を聞いてはいけない、と感じた。
 (さと)い子供たちは口をつぐみ、皆で食後の茉莉花(ジャスミン)茶をゆっくり飲むと、晩餐は終了だ。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。結婚して母となっても、変わらず颯爽と水軍を率いている。

勇駿(ゆうしゅん)


公私共に阿梨を支える夫。阿梨と子供たちをこよなく愛している。

梨華(りか)


双子の妹。母譲りの容姿と武術の才能を持つ。勝気な性格でいつも兄を振り回している。

勇利(ゆうり)


双子の兄。学問には秀でているが、ちょっと気弱。常に妹に押され気味。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父。以前は長の補佐として采配をふるっていたが、今は孫たちの教育がもっぱらの生きがい。

アディーナ姫


タジク国第一王女。二つの国の絆を深めるために海を渡る花嫁。金髪と緑の瞳の、美しく優しい姫君。

寄港地のフローレスでひと時の自由を願う。

ケイン


荒事屋。名の通り、目的のためなら荒っぽい手段も辞さない裏社会の人間だが、殺しはやらないのが信条。

ラルフ


ケインの相棒。孤児だった自分に手を差し伸べてくれたケインに恩義を感じ、行動を共にしている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み