第88話 長距離バスの行方

文字数 1,434文字

 長時間のバスを運転する運転手さんが、パリで奥さんと子供に見送られた。何だかほのぼのする風景だなぁ、と思っていた。
 いや、でもまたすぐ帰ってくるだろうに、と思ったが、とても愛情深い様子で、お互い別れを惜しんでいた。
 ところが…、乗客の若い女性が休憩中に運転手に話しかけていた。
「なんか用事か?」と最初思っていたが、やたらと近くで話したりする。
 Mさんも「何? あれ?」と思っていたようだった。
 迷惑そうにしている様子もなく、段々、話しかけられて、嬉しそうになって行き、最終的には何だか距離が男女間の距離になっていて、あの愛情たっぷりのお別れは一体何だったんだ、と思ってしまった。
「サイテー」とMさんも言っていた。
 こんなに簡単にラブアフェアが行われるなんて、怖い…と思った。私はこの運転手の奥さんに会うことはないけれど、フランス人だからか、男はみんなそうなのか、浮気は一瞬でスタートするんだな…、と家政婦は見た、というドラマばりに、乗客は(覗き)見た。
 なので行きのバスは運転手と女性客のベタベタなスキンシップ多めの休憩時間に、もやもやしつつ、もやもやが最高潮のままマドリードについた。
 きっとマドリードでデートとかするんだろうか。けっ。

 帰りのバスの運転手は若くないおっちゃんだったからか、話しかける女性客はいなかった。普通に運転に集中してくれると思っていたら、高速の入り口のチケットを出す機械が壊れていて(ETCとかそういうシステムはなかった)運転手は何度かボタンを押したり、ついには叩いたりしたが、うんともすんとも言わず、私はどうするのかと見ていたら、なんと、そのままゲートを入っていった。
「え? これ、どうするの?」と思っていた。
 フランスに着いた時、案の定、係の人に「チケット?」と聞かれていたが、
「機械壊れてたから、そんなものない」と運転手が言う。
「では規則だから全行程の料金になります」と係の人が言う。
「だって、機械壊れてたんだって」
「規則ですから」
(意外だと思われるかもしれないが、フランスは規則に厳しいことがある。鉄道の乗り越しは認められていない。日本だったら、「間違えて買いました」と電車の車掌さんにお金を払って済んだり、そもそも乗り越し料金を払う機械が出口にあるけれど、フランスでは乗り越しという概念がなく、それはすなわち「罪」となる。切符に書かれた料金以上の距離を乗ることは「罪」なので、正規料金とえらく高い罰金を払わされることになる)

 私は事情を知ってるので、どうなるのだろう、とドキドキして、運転手と出口の係のやりとりを見ていた。規則と言う人はそれが仕事だし、運転手の事情も分かる。
 すると、運転手は何も取らずに入った時のような潔さで
「分かった。俺の金じゃないし」と言って、紙にサインしていた。

 怒られないのだろうか。まぁ、機械が壊れることはよくあるから、よくあること…として処理されるのだろうか。そこまで分からないが、すごく驚いた事件だった。
 もし私がフランスで運転することがあって、こんなことになったら、高速道路の全行程払わなければいけないと言われて、納得できるだろうか。

 多分、すごい高額だったと思われるが、結局、運転手は何食わぬ顔で、またバスを走らせた。潔い運転手のおかげで、遅れることなく、パリに戻ってきた。

 ユーロバスあれこれ。ちょっとばかりフランス人(行きも帰りも運転手はフランス人だった)の行動を覗き見れた乗客のお話でした。














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