第22話 真夜中の歯軋り

文字数 1,428文字

 時間が少し前後するが、ホームステイになると同時に、夏期講習のクラスも終了し、本コースが始まる。本コースは三ヶ月が1タームだったので、夏季講習よりゆっくり丁寧に授業が進むらしいと聞いて安心した。この一ヶ月は色々ハードで、終わってくれてほっとした。同じクラスの日本人もクラス替えをしていたり、大学の先生はそもそも途中から来ていなかったような気がするので、お別れだったが寂しく思うことはなかった。

 ただ仲良くしていた台湾の友達がそれぞれ違うところに行くというのだが、一人だけ、理由は忘れたが受け入れ先の大学が急に受け入れ不可になってしまった。大学先の都合だったと思う。台湾の公的機関から派遣されていた彼女は理数系の分野で、とても賢く、フランスでの研究を期待していた。
「少し待っていたら、どうにかならないの?」と聞いてみたが、彼女はフランスに来てから寮でパソコンの盗難にあったりと色々散々だった上に、いざ行こうとしていた大学から急に無理だと言われてしまって、本当に嫌になっていたのだろう。
「もう台湾に帰る」と言った。
 すごくもったいないと思ったけれど、彼女は奨学金ももらっていたが、全部白紙に戻して台湾へ帰ると言った。
 大学で助手をしていた時の話をしてくれた。
「女だから…大学でも男子学生に馬鹿にされて。私が彼らの間違いを指摘すると反発するし、最後は全然納得していないのに、『彼女が正しいさ』と言われた」と言っていた。
 理系の分野だったら男子が多いだろう。私はここまで来れた彼女を尊敬したし、できればなんとか新しい受け入れ先が見つかって、それが今後の彼女の力になれればいいのに…と思った。
 留学斡旋してくれている機関があるらしく、急いで探すと言ってくれたらしいが、もう彼女が限界を迎えていた。
「フランスに来てもいいことなかった。私だけ…上手くいかない」
 他の二人が順調そうに見えたのだろう。そう呟く彼女に私は何もしてあげられなかった。ただ数日、行き場のない彼女をあの大家の家にいたので、泊めてあげることはできた。

 夜中にすごい音がして、私は目を覚ました。何だか聞いたことのない、ギーという音だった。どこから鳴っているのか最初は分からなかった。
 翌日も夜中にすごい音が鳴る。

 彼女の歯軋りの音だった。

「台湾に帰る」と覚悟を決めていた彼女が、どれほど悔しい思いだったのか知らされた。

「また来れないの?」と起きている彼女に聞いた。
「一回だけのチャンスなんだ」と彼女は言った。

「泊めてくれてありがとう。本当に助かった。本当に」と感謝する彼女。
 私は彼女を抱きしめながら、何もできずに見送ることしかできなかった。

 私は彼女たちが本当に大好きだった。できれば彼女たちとフランス語じゃなくて、台湾の言葉で喋りたくて、少し教えてもらったりした。筆談はかなり楽しくて、「元彼」は? と聞くと、頷いて「前男」と書いてくれて、お互いに笑い合った。
 「うん、うん」という相槌を真似して「トゥェイ、トゥェイ」と言ってみたが、「何?」と言われて「真似したんだけど」と言ったけど、発音が違うらしく微妙な顔をされた。
 たまにうっかり日本語で喋りかけてしまった時も、笑って許してくれた。

 そんな変な日本人を受け入れてくれて、一緒に古城巡りしてくれたり、ご飯を作ってくれたりしていい思い出だったから、最後は少し悲しかった。

 それでも彼女のことだからきっと今でもどこかで頑張っているだろうと思ってる。
















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