第95話 コインランドリー

文字数 1,345文字

 パリでもトゥールでも洗濯機がなかった。洗濯機はないがコインランドリーはある。下着は手洗いして、タオルや服を週一で洗いに行く。これが面倒臭いのだ。面倒臭いのだけれど、仕方がない。
 ちょっと歩く場所にあったから、これが面倒なのだ。洗濯物を放り込んで、家に帰り、また洗濯が済んだ頃にコインランドリーに行き、隣の乾燥機に入れる。乾燥機は二〜三十分くらいだったりするから、近くをうろうろしたり、待ったりしている。乾燥機が止まってもしばらくはあったかいから、放置して少しでもきちんと乾燥しておきたかった。

 トゥールで初めてコインランドリーに行った時は最悪なことにコインを入れても動かなかった。何かあったら、この電話へ、と書かれている。初心者にはハードルがかなり高いが、もうどうしようもなくて、電話をした。
「機械が動きません。お金払いました」とドキドキしながら、電話した覚えがある。
 どういうシステムなのか分からなかったが、その場で待っているとすぐに人が来てくれた。
 その時、「サ ヌ マルシュ パ(上手くいかない)」という文を使った。
 これは機械が故障した時も、何となく上手くいかない時も使える、早速実用的な文を使うことになった記念すべきトラブルではあった。

 コインランドリーには日本で一人暮らししている間もお世話になった。
 洗濯と乾燥の間の往復が本当に面倒臭い。

 パリには環がよく遊びに来てくれていたのだけれど、彼女は居候しているのが心苦しいのか、この面倒なコインランドリーに行ってくれた。
 そして「いい? 乾燥機はしばらく放置してから取り出すのよ」という私の謎の伝言をしっかり聞いて実行してくれていた。
 もちろん待ってる人がいれば、渋々取り出すのだが、だれも待っていなければ、しばらく放置していた。
 環が洗濯物を持って帰ってきて
「ちゃんと放置してきたよ」と言う。
 でもその時、フランス人のおじさんに「終わってるよ?」と言われたらしいが、得意げに「まだ暖かいから置いてる」と説明したらしい。おじさんは納得してくれたと言っていた。
 今思えば…何というささやかなすぎる節約をしていたのだろうと思うけれど、またそれを忠実に実行してくれる環の可愛さもたまらない。

 週に一度だから忘れた頃にやってくる面倒臭いコインランドリー。パリの小さな部屋で、次こそは洗濯機のある生活がしたいなぁ…と思っていた。

 家電が本当に必要最低限しかなかったおかげで、高い、高いと言われていた私の電気代は高い月でも五千円くらいだった。部屋が六部屋くらいある駐在員の奥さんは電気代だけで、一月七万円していると言っていた。
 
 しかし書いていると、ものすごく節約しているのが、恥ずかしいレベルな気がしていて、決してなんの参考にもならないし、村上春樹氏が「貧乏自慢ほど嫌なものはない」と書いていた。
 何だかそれを読んだ時、貧乏自慢をするのはダメなのだ、と烙印を押されたような気がして、ずっと言い出しにくく思っていた。
 でも今はちっともそんなことない。確かに滑稽で悲しみも少しあるけれど、貧乏自慢できるのは貧乏生活をしたからこその特権である。
「悔しかったら、貧乏生活してみればいい」と今はそう思っている。
 だから私はどうどうと貧乏自慢する。


 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み