第56話 目指せ マンゴジ!

文字数 1,350文字

 レンヌから環が来ていた。何かのお休みの日か何かだったと思う。一週間くらい狭い部屋で二人仲良く過ごした。ちょうどその時、智子が誕生日を迎えるに当たり、彼女はワーホリビザで来ていたので、花屋でスタージュ(研修)をしたい、と野望を抱えていた。

「クリスチャン…なんとか? って人? のところに行くの?」と私が聞くと、(私はカタカナを覚えるのが苦手で、有名店の名前も覚える気がさらさらなかった)智子は首を横に振った。

「クリスチャン・トルチュも素敵だけど、セバスチャン・マンゴジのところに行きたいの。すごいセンスがあって」と言った。

 智子はセンスがいい女なので、きっとセンスのいい花屋であろう、としか私は思っていなかった。(私が知らないだけで、ものすごい有名な人だった)
 たまたまレンヌからパリに来ていた環がフランス語でプロフィールを書いてくれて、志望動機など上手く書いて智子に託した。

 誕生日にお店に突撃すると言う。

 私と環は応援するのだが、ちょっと変な応援をした。
 日課で夜に二人で腹筋をしていたのだが、黙って腹筋するのもつまらないので腹の立つ人の名前を言ったり、憧れの人の名前を言ったりしながら、腹筋をしていたが、その日は「マンゴジ」に決まった。
「ムッシュー」
「マンゴジ」と二人で腹筋をするというなかなかシュールな光景で五十回くらいは腹筋をして、智子のスタージュが受け入れられることを祈願していた。途中、笑い出したり…して、まぁ、違う腹筋も鍛えられたのだけれど。
(いや、もしかしたら、腹筋のネタ…いや、いや、それはない。心から祈願をした。だって、環は一生懸命手紙を書いてくれてたし、私もやはり叶ってほしいと思ってたから)

 お誕生日の日、「上手く行ったかな」とそわそわして待っていた。確か昼はみんなで、くしけんでお祝いをしていたから、そこから智子は出かけたはずだった。

「環がすごい手紙を書いてくれたし…後は当たって砕けろだね」と言いながら夕方になった。

 果たして…、想いは届いた。

 大きな花束を抱えて、智子は泣きながら帰ってきた。今日は自分の誕生日だから、マンゴジに花束を作ってくださいとお店に言って、そして手紙を渡したそうだ。手紙は流石に誉められたそうだが、最初は断られた。でもどうしても…と言う気持ちがあって、上手く話せなかったが、気持ちが届いたのだろう。智子のスタージュを受け入れてくれた。

 マンゴジは良い人だなぁ…。

 そして智子は念願のマンゴジのお店でスタージュすることが決まった。後に、お店に来た日本人に
「どうしてスタージュできたんですか? 私は断られましたけど」と聞かれたらしい。

 私は見ていないし、その場にいなかったから分からなかったけれど、きっと言葉ではなく、花への想いと、マンゴジへの尊敬の気持ちが伝わったからじゃないかな、と思った。

 フランスにいると、日本では起こらないような「絶対無理です」というシチュエーションがちょっと動くことがある。それは相手に真剣に…言葉よりも気持ちが届いたりする瞬間があったりする。たまに…だけどね。

 その日は皆で喜んだ。腹筋祈願をした甲斐があったと言うものだ。その日の晩はマンゴジと言わなくても良いのだけれど、なんだか腹筋の音的に良くてしばらく使っていた。

















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