第29話 ホームステイの問題と事件

文字数 1,637文字

 大阪外語国語大学(今は大阪大学に統合)の学生だった香奈(仮名)ちゃんがホームステイ先のマダムにキツく当たられていた。
 きついの程度は個人差によると思うが、香奈ちゃんはおっとりしているから、なかなか辛かったのかもしれない。
「マダムが日本食作ってって言うけど、私、料理できないし、どうしよう」と相談された。
「…まぁ、正直、それをする必要はないけど、円滑に生活したいなら、するしかないよね」

 マダムは前にも日本人が来てくれて何かを作ったようだけど、ヒアリングしてみるとどうやら「肉じゃが」だと思われた。しかし薄い肉がほぼ売られていないフランスで塊肉をスライスするのも面倒だ。
 今ならお好み焼き? とか考えたりするけれど、当時は「とんかつ」で行こうとなった。確かデザートまで作った気がするけど、小豆を戻す時間がなくて、結局買った餅に硬い小豆を一つ乗せておいた。小さなアジア食料品店があった。そこでとんかつソースなどを買って、調理する。

 頑張って、二人で作ったとんかつは喜んでもらえた。喜んでもらえたが、二人の溝はその後、だんだん広がっていった。

「マダムは前のホームステイしていた日本人の子をやたらと褒めて、私のことを比較する」と香奈ちゃんは落ち込んでいた。
「…そうかなぁ。多分さ。離れてるからよく思えてるだけで、そうでもないと思うけど」と私が言った。
「でもマダムの話を聞いてたらすごくいい子だって」
「…うーん。どうだろ」と言ってから数日後、私の予想は当たっていたらしい。

 マダムから前、ホームステイにいた子が呼出されて、家に来たらしい。(呼び出すのもすごいし、来るのもすごいな…と思ったけど)
 そこで香奈ちゃんと会って、想像していた感じの子ではなかった。

「マダム?」と言いながらタバコを吸って「適当に相手しとけばいいんだよ」って言われたらしい。

 それはそれでひどいな、と思ったけれど、やっぱり去ってしまった相手はよく見えるのだろう、というのが私の感想だ。

 でも結局、合わなくて変えてほしいと学校に言ったのだが、香奈ちゃんが理由が言い辛くて、
「ホームステイ代が高いから…二人部屋のところに行きたい」と適当な理由を言ってしまったから、向こうは値下げを提案し、ついには「年寄りの生活ができなくなってしまう」とまで言われたらしい。

 結局、日本人がやっている留学サポートにお願いして、今回の決着をつけてもらうことになった。
「もう一緒に暮らせないと思っているなら、それを伝えるしかない。変な言い訳をしたら余計面倒なことになる」と言って、学校側にマダムと暮らせないからもう少し穏やかな人のところをお願いしたい、と言ってもらったらしい。マダムの生活については学生が考えることではなく、学校側が考えるべきだとも伝えてくれたのか、別の留学生がマダムのところに行ったようだった。
 至極当然なことなのだが、一緒に生活しているとなかなか言い出せにくいところもある。

 留学生のホームステイ代がその家庭の主な収入となっているところもあるので、揉めると大変だった。日本人のいいところでもあるが、情に流されてしまい嫌なことをはっきり言えずにお互い苦しくなることもある。

 地元の人との繋がりも大事にしないと学校側も大変なのだろうとは思うが、この学校は本当に良かったのだが、ホームステイとなるとなかなか難しいので、寮がいいのかな? 難しいところである。

 秋になると少し陰鬱な雰囲気になっていた。朝からものすごい霧で本当に五メートルくらいしか視界がないことあった。
 そんなある日、授業中に先生が呼び出され、すぐ戻ってきたかと思うと
「学校から出ないで」と言われた。
「なんだ? なんだ?」と思っていると、先生たちも把握仕切れていないが、「外に出ないように」とだけ言われた。

 その日、トゥールの駅前で銃を持った男が無差別に通りすがりに人を撃っていたらしい。

 生きてることが当たり前ではない、と事件の話を聞いた後にゾッとした。




 












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